二話 【異世界での目覚め】【天空の対話】
【異世界での目覚め】
――森の中。
風が木々の葉を優しく揺らし、枝のあいだから陽光が差し込む。小鳥のさえずり、遠くの水流の音、木の葉の擦れる音が、静寂の中にある生命の存在を感じさせていた。
一羽のリスのような小動物が枝から枝へと跳ね、赤いきのこがいくつか、苔むした倒木の脇でひっそりと顔を出している。
そんな幻想的ともいえる風景の中、優馬は枯れ草の上でゆっくりと身を起こした。頭が少し重く、目の奥に霞のような違和感が残っている。
「ここは……」
寝起きの声は自分でも違和感を覚えるほど高く、青年のような声に感じた。
体を起こし、周囲を見渡す。広がるのは見たこともない森――美しく、どこか現実味のない景色。木々は高く、葉は淡く光を反射しており、まるで物語の中の一場面のようだ。
まずは自分の状態を確認しなければ。近くに反射する何かを見つけ、足元に歩み寄る。そこには透明な水たまりがあった。覗き込んだ瞬間、優馬は目を見開いた。
「おお……これは……」
映ったのは、見覚えのない、整った顔立ちの青年。長いまつげ、通った鼻筋、うっすらと微笑んでいるような唇――まるでアニメやゲームに出てくる主人公のようだった。黒髪は少しだけ青みがかっていて、目は透き通った黒色、見慣れない衣装も、異世界感を際立たせている。
「お、イケメン! 十六歳! ……ルルル、言った通りにしてくれたんだな……」
水面に映る自分にさまざまな表情を試してみる。
ひとしきり堪能したところで。
「じゃあせっかくだし、少し魔法を試してみるか」
目を輝かせながら、手を前にかざし、イメージする。サッカーボールほどの火の玉。赤く、激しく、制御された熱量。
「ファイヤーボール!……?」
言葉と同時に、手のひらから真紅の炎が渦を巻きながら現れた。宙に浮かび、静かに揺らめくそれは、意思を持っているかのように、わずかに彼の手の周囲を回り、火の粉を散らした。
「おお……すげぇ……」
その神秘的な現象に見とれていたそのとき―― 頭の奥に、冷たく機械的な声が響く。
『小魔法を使用しました。寿命が一日減少しました』
「……マジか」
その一言に、少し血の気が引いた。
火はすでに消え、森は再び静けさに包まれていた。
「ま、まあかなりの威力ありそうだし……連発しなければ大丈夫だな……」
優馬は根拠のない言葉をつぶやいた。
さてこれからどうしようか? 勇者でもなければ悪役令嬢でもない、冒険者だ。やはりギルドに登録したりするんだろうか? まずは拠点作りだろうか?
「よし!」
空はどこまでも青く、白い雲が静かに流れていた。
「さて、街か村を見つけに歩きますか」
独り言も、すっかり板についた。
【天空の対話】
その頃、天空では――
雲すら届かぬ高みにある神域にて、ピンク色の髪をたなびかせながら、一人の少女が立っていた。未来的な光沢を持つスーツのような衣装。アンテナのように立った髪が、風に合わせて揺れている。
「……本当にこれで良かったのでしょうか」
ルルルの不安げな声が、透き通るような空気に溶ける。先程とは比べ物にならないほど静寂で、神聖な気配が満ちていた。
その前にいたのは、巨大な椅子に腰掛けた半裸の巨人――創造神〈オルディス〉である。日焼けした肌、雷のように逆立つ白髪、筋骨隆々の肉体。その存在感は、まさに「神」と呼ぶにふさわしい。
「気にするな、ルルル。些細なことを考えすぎると、しわが増えるぞ」
オルディスは笑い、声が空間を震わせる。雷鳴のように響く声に、ルルルはほんの少しだけ眉をひそめた。
「彼なら大丈夫だろう。根拠はないがな、ガハハハ」
「ないんですね根拠」
皮肉交じりの言葉にも、神は気に留めず笑う。
「ですが……過去に〈ソウルサクリファイス〉を持った者たちは、ことごとく破滅しました。力に飲み込まれ、闇に落ちた者。感情に任せて暴走した者……どれも悲惨な結末でした」
ルルルの声には切実さがにじんでいた。だが、オルディスは腕を組み、静かに頷く。
「それは事実だ。しかし、今この世界──〈エリジオス〉にとって、もはや躊躇している時ではない」
彼の言葉に、ルルルの視線が上がる。
「エリジオス……」
「種の減少が加速しつつある。すでにエルフ、ノームは絶滅し、ドワーフも今や一種しか残っていない。現存するのは、ヒューマン(人間)、バルグ(獣人)、ネフィル(魔族)のみ。しかもその数も年々減っている」
空に浮かぶ光球が、消えかけの星のように瞬いた。
「今が分岐点なのだ。あの男が、己の命をどう使うか。それが、この世界の未来を決定づけるだろう」
ルルルは少し唇を噛んだ。
「優馬様が……未来を……」
「そういうことだ」
オルディスは目を細め、穏やかに言った。
「──運命とは、流れのようなものよ。時に荒波となり、時に穏やかな潮となる。優馬がどのように波を立てるか、それを見守るのが我らの役目よ」
声は空にこだまし、光の粒が空間を舞う。
「さあ、見届けるとしようではないか。運命が、どのように流れていくのかを!」
その壮大な言葉の後、ルルルはほんの少し間を置いて、右後ろ斜め下を向いてつぶやく。
「……自分が創ったくせに」