十九話 【王都カンセズ】
【王都カンセズ】
王都カンセズは、緩やかな丘陵地に築かれた堅牢な都市である。城壁は漆黒の石を積み上げて造られ、幾度の戦乱にも耐え抜いてきた風格を漂わせている。
遠くからでも一際目立つのは、城壁の中央にそびえる「ラース砦」天を突くような尖塔(とがった屋根)と、四方を見渡せる高台が特徴で、かつて騎馬民族が狼煙を上げたという伝承がある。
城門は幅広く、常に騎馬兵の通行に備えて開かれており、衛兵たちは通行人を見守っている。門の上部には、風になびく赤い旗──風切羽をかたどった騎馬軍の紋章がなびく。
城下町は、軍事国家らしく規律ある造りになっている。道は広く直線的で、騎馬の移動や隊列の展開が容易なよう設計されている。市場には乾燥肉や保存食、革鎧や馬具など、戦場に必要な物資が並び、鍛冶屋の鎚音が響く。馬専用の水場や厩舎(馬の家)が点在し、町民の多くも馬の扱いに長けている。
その一角には、庶民たちが集う「風市」と呼ばれる賑やかな広場がある。天幕や木製の屋台が軒を連ね、新鮮な野菜や果物、焼きたてのパン、香ばしい干し魚や薬草茶が売られている。香辛料の香りが風に乗って漂い、子どもたちが走り回る姿も見られる。
物売りの掛け声が飛び交い、行商人が珍しい布や異国の品々を広げて見せる。庶民の言い争い、笑い声、音楽家の奏でる笛の音──それらすべてが、軍の整然とした雰囲気と対照的な、活気と温もりを生んでいる。
中央広場には、「馬神英雄バラン」の名で知られる初代王の銅像が馬上で槍を掲げており、その姿は今なお人々の誇りであり続けている。
♢ ♢ ♢
石造りの門は高くそびえ、門兵たちが白銀の狼一行に静かに頭を下げる。その先に広がるのは、活気に満ちた街の風景だった。
「これだよ! これが……物語だよ!」
ユウマは心の中で叫んだ。夢にまで見た世界が、現実として目の前にある。
石畳の通りには行き交う人々。香辛料の香りを漂わせる屋台、色とりどりの布を広げる商人、町の人たちの話声や子供の笑い声――
声と音、香りと光が折り重なり、五感すべてをくすぐってくる。
白銀の狼の一行が大通りを進むと、町の人々が道の両端に集まり始め、特に子どもたちの目は輝いていた。
「ギルアンティアさまー!」
黄色い声援が飛び交い、その中心にいたククルは、優雅に馬上から手を振る。少し頬を染めながらも、どこか誇らしげな笑みが浮かぶ。
やがて一行は王城前の広場に着き、石造りの柵に囲まれた厩舎の馬留めに、一頭ずつ手際よく馬がつないでいく。
馬から馬具を外しながらカイルが口を開く
「陛下への報告は夕刻になるだろう。それまで各自、自由に休んでいてくれ」
カランがちらりとユウマの方を見る。
「キリハラ殿は、どうするんだい?」
その問いに、少し間を置いてククルが口を開いた。
「ユウマは、私の屋敷に来てもらいます」
「んじゃ、また城で会おう」ラスクは軽く手を振ると、軽快な足取りで宿舎とは別の道へと歩いていく。
他の仲間たちもそれぞれの方向へ散っていき、やがてユウマとククルだけが残された。
石畳の路地に初夏の陽光が差し込み、吹き抜ける風が旗の布を揺らす。にぎやかな街の声が遠くに響く中、ククルが微笑んだ。
「長旅でお疲れでしょう? 私の屋敷で、ゆっくりしてください」
「ありがとう、ククル」
――異世界人の俺に気を使ってくれたんだろう。ユウマも笑顔で返した。
「では、参りましょう」
ククルがそう微笑むと、ユウマは彼女と並んで歩き出した。王城エリアを抜け、西へと続く石畳の道をゆっくりと進んでいく。やがて街の喧騒が静まり、通りの雰囲気が一変した。
両側には手入れの行き届いた庭と、高い塀に囲まれた堂々たる屋敷の数々。
磨かれた銅の門扉や、彫刻の施された窓枠、石造りの噴水。どれもが由緒ある家々の証だった。
「やっぱり……ククルって、名家のお嬢様なんじゃ……?」
そう思いながら、ユウマは目を丸くして周囲を見回す。
「ユウマの住んでいたニホンとは、だいぶ違うのですか?」
「うん。特に俺の住んでたところは……高い建物に囲まれててさ、まるで建造物のジャングルって感じだった」
「まあ……まるで遺跡のような場所なのですね。神秘的です」
ククルが目を丸くし、興味津々に頷く。
うーん……ちょっと違う気もするけど、まあいいか、ユウマは苦笑しながら、あえて否定はしなかった。
「そういえば……カンセズの王様って、どんな人なんですか?」
その瞬間、ククルがわずかにはにかんだように笑みをこぼした。
「現国王陛下は、ガーラント・ギルアンティア様です……」
「ギルアンティア……? え、えぇっ!? ってことは、ククルって……!」
思わず震える声で聞いてしまう。
「王女……様、だったり……?」
ククルはプッと吹き出した。
「違いますよ。私は、ガーランズ陛下の妹の娘。つまり、姪ですね」
そう言って、いたずらっぽく微笑む。
ユウマの顔から血の気が引いていく。まずい、まずいぞ……王様の姪っ子を呼び捨てってもう極刑だよな……
「え、えっと……ククル様! わ、わたくし急に思い出した用事がございまして! 今日はこれにて失礼を――!」
半ばパニックになりながら、ユウマはくるっと踵を返して来た道を戻ろうとする。
「ユウマ?」
ククルが笑顔のまま、彼の腕をすっと掴み、引き戻した。
「どうしたんです? ククルって呼んでくださるのでしょう?」
ぎゅっと顔が近づいてくる。その笑顔は優しげでありながらも、ほんのり圧があるような気がした。
「さあ、もうすぐ屋敷に着きますよ」
そう言って、ククルはユウマの腕を取り、今度はしっかりと引っぱりはじめた。ユウマは、軽く引きずられるように、格式ある屋敷街の奥へと連れて行かれるのだった――