十一話 【異世界人】
【異世界人】
二人は中央広場にある噴水までやってきた。辺りには街灯がなかったが、月明かりのおかげで十分に明るかった。ユウマが先に噴水前のベンチに腰掛けると、ククルもその隣に静かに座った。ククルが思ってたより近くに座って来たのでユウマはちょっとだけ離れた。
――俺、臭くないだろか?
この人になら話してもいいか。何となくそう思った……いや、もしかしたらホームシックで誰かに聞いてほしいのかも……そしてユウマは口を開く。
「俺、実は日本から来たんだ」
ククルは静かなままユウマを見つめ、続きを待っている。
「このエリジオスの世界とは全然違う、遠いところから来た。いや、遠いだけじゃなくて別の世界って言うか……異世界って言えばいいのかな」
ユウマは自分でも言葉を選びきれず、少し戸惑ったように視線を落とした。
「転生って言葉、ククルさんは知ってる?」
ククルは小さく頷いた。
「ええ、〈転生〉というのは知っています。人は死んだ後も魂が残り、新しい人生を歩むのですよね。ただ、普通は記憶が引き継がれないから、それが本当かどうかを確かめる方法はありませんが……キリハラ殿は元いた世界で死んで、このエリジオスに転生されたのですか?」
ユウマは言葉を続ける。
「はい。俺は地球という世界の日本という国で事故に遭って命を落としました。その後、この世界に転生したみたいなんです。前の人生の記憶もはっきり残っています」
ククルは驚いたように少し目を見開いたが、すぐに穏やかな表情に戻った。
「そうでしたか……それで、いろいろと不思議な言動をされていたのですね。魔術はニホンにおられた頃に覚えたのですか?」
ククルは自分の脚の傷があった場所を指で触りながら聞いてきた。
「ここでは魔術というんですね。俺は魔法って呼んでますけど、って言っても地球には魔術や魔法は存在していないんです。まあこの世界から見たらぶっ飛んだもので溢れているけど」
「ブットン、ダモノ?」ククルが小首を傾げる。
ずきゅーん
「まあとにかく俺の居た世界では魔法もなく、ドラゴンのような大きな生き物も、獣人もいないんだ……ところでこっちの世界には神様の存在ってあるの?」
「はい、エリジオスでは創造主様がこの世界をお創りになられという伝承があります。わたし達ヒューマンは、ルルル様という女神信仰も持っています」
ルルル!? あいつは女神役までさせられているのか! 絶対にブラックだ。頑張れルルル! いや、頑張るな! ユウマは頭を抱える。
「キリハラ殿?大丈夫ですか?」とククルが心配そうに青い瞳を向けてくる。
「うん。そのルルル……様に魔法を授かったんだ」
「え? ルルル様に会ったのですか?」
ククルの顔がぎゅっと近づいてくる。
「いや、会ったと言っても声だけでしたけどね」
きっと末期の俺みたいな顔になってるんだろうな。想像して震えていると
「では、キリハラ殿は女神様に天命を授けられこの世界こられたのですね」
天命?いや、俺は冒険しながら平和に生きたいと言ったはず。魔王退治などは承ってはないぞ。
「何か期待させたのならごめん。日本にいた時があまりに酷かったから、女神様が慈悲で転生させてくれたのかな」
とても女神様の手違いで転生したとは言い出せる雰囲気ではなかった。
「……それでキリハラ殿はこれからどうなさるおつもりですか?」
柔らかな月の光り。ククルは空を見上げた。つられてユウマも夜空を見上げた。青白く浮かぶ月が、異世界の空に輝いている。
「冒険者になって色んなものを、この世界を見てみたい……」
静かな沈黙がふたりを包み込んだ。
ククルがふと思いついたように口を開いた。
「そうだわ! キリハラ殿、私たちと一緒に王都に参りませんか? 明日、遺跡での出来事を報告に戻る予定なのです。旅をするには馬車や旅の道具が必要でしょう?」
ぱんっと、ククルは軽やかに手を叩いた。
王都か、見てみたい。旅を始めるためにも拠点を作りたいと考えていた。しかし、どうしても胸の中に不安が広がる。
「ククルさんは怖くないんですか? 異世界人なんですよ、俺。気持ち悪くないんですか?」
今日、出会ったばかりの人間を信用出来るものだろうか? 膝枕といい、人が良すぎないか?
そんな事を思っていると、ククルがくすりと小さく笑った。
「キリハラ殿が怖い、ですか? はっきり申し上げて、まったく怖くありませんよ。わたしなら一瞬であなたを無力化できますから」
「えっ?」
予想外の返答にユウマが戸惑っていると、今度は――
「異世界人だからなんです? キリハラ殿はこのエリジオスに転生されたのでしょう? でしたら、もう私たちと同じヒューマンじゃありませんか」
怒ってる? なんで?
また静寂が訪れる。
まただ……。俺は変わると決めたんじゃなかったのか? いつまで人の顔色をうかがって、関わらないように逃げ続けるのか? 馬鹿か、俺は……!
ユウマは顔を上げた。
「……ごめん、ククルさん。俺も一緒に王都に行きたい!」
思わず声が大きくなってしまった。ククルも負けないぐらいの声で「はい。キリハラ殿!」と返事をした。
「あ、あの……ククルさん、もしよければ、キリハラではなくてユウマって呼んでくれませんか?」
霧原という名字を呼ばれると、どうしても社会人時代の記憶が蘇ってしまう。
いや、本当はそれはただの言い訳で――。
「はい、では……ユウマ殿。こうですか?」
ククルが律儀に問いかけてくる。
「あ、はい、できれば『殿』もなしで」
勢いに任せて言ってしまった――
「ユウマ」
――ずきゅん!
心臓を天使が棍棒で殴りつけたような衝撃が走った。
「では……私のことも、ククルとお呼びください。遺跡での時のように」
優しい微笑みが浮かぶ。
「ククル」
短い沈黙が流れる。
「あと……ユウマのこと、気持ち悪いなんて思いません。とても個性的なお顔で……その、カッコいいと思います……」
声は風の音にかき消されたが、その風は心地よかった。