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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第六章 越境商人編
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第九十四話 洛陽に影を走らせ

 空は鈍く曇り、洛陽の空に沈む陽は、煤けた銅のように重かった。

 人の声は喧しいが、耳に残るのは車軸の軋む音と、幾重にも重なる商談の駆け引き。都の華やぎの裏には、権謀と欲が渦を巻く。


 呂明は洛陽の一角、ひときわ目立たぬ屋敷の門をくぐった。

 応対に出た老僕が一礼すると、何も告げずに中へと通す。


 待っていたのは、淡く香を焚いた一室。

 その中央で、男は静かに茶を点てていた。


「久しいな、管子」


 呂明が声をかけると、男は穏やかな笑みを浮かべて振り返った。

 仮面の奥にある瞳は、奥底の読めぬ影。仄かに笑う唇が、心の裡まで透かすようで、誰もが無意識に言葉を選ぶ。


「まさか、こんな場で名を呼ぶとは。君は相変わらず、面白い」


 「管子」と呼ばれた男は、杯を一つ差し出す。


「洛陽で、何を求める? 君のことだ。風に吹かれて遊山とは思えぬが」


「一筆頼みたい」


「文ではなく、舟だろう?」


 呂明の目がわずかに細められる。

 管子は、言葉の裏を探るように視線を逸らさない。


「西涼に荷を運びたい。洛陽を起点にすれば、秦中央の流通にも紛れ込ませられる。しかも――」


「“もし成功すれば”、今後の商流の口が開く。秦と西涼を結ぶ大動脈として」


 管子が呟いた。


 呂明は、杯を受け取ると、短く言った。


「危険な道でもある。最悪失敗してもいい。だが、成功すれば、大きな道になる。――次の時代を開く、大動脈だ」


「危うい橋だ。秦の目は、軽くはないぞ?」


「承知している。だからこそ――君に頼みたい」


 静かに、茶の湯気が揺れる。

 管子はしばらく黙ったあと、ふと笑った。


「……昔から変わらぬな。君は“人の心”を担う。私は“制度”を測る。だが、時にその二つが交わるとき、均衡は一歩進む」


「信じる」


 呂明は短く言った。


「君が動くなら、この道は開くと。私は、そう信じている」


(信じる、か――)

心のうちで呟きながら、指先がわずかに震えた


 それを隠すように、杯を口に運ぶ。


「分かった。旧知として――いや、“未来の秤”として引き受けよう。ただし、君もわかっているだろう?」


「代償は払うつもりだ」


「言葉ではない。“結果”で示せ」


 呂明は頷いた。


 その瞬間、何かが音もなく動き出した。

 表に見えるものは、あくまで“通常の商団”。だが、その影に紛れ、ある種の流れが、秦の中枢を突き抜け、西涼へと向かい始めていた。


 外の風が、洛陽の瓦を揺らした。

 茶の香りは、すでに冷えていた。

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