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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第六章 越境商人編
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第八十三話 越境の布石

 洛陽の風が、微かに涼を帯びていた。


 呂明は、書簡を広げたまま、黙して考え込んでいた。文面の送り主は張良。わずか数行にすぎないが、行間には慎重に選ばれた意味が折り畳まれていた。


「――“陽翟の絹問屋、旧知にして実直。もし東方へ志あらば、一度、門を叩いてみられたし”」


 口に出して読み上げ、呂明は口元をわずかに歪めた。


 言外に含まれていたのは、“韓の手を通じて、趙への通路を開け”という提案だった。陽翟ようてきは韓の東部、すなわち趙と接する国境の街。張良はこの町の商家と呂明とを結びつけることで、交易の糸口を織り始めたのだ。


 数日後、呂明は陽翟に足を運んだ。韓と秦の緊張が続く中でも、この街は穏やかな表情を保っていた。軍靴の音ではなく、染物の香と、商人の声が風に乗っていた。


「……張家の紹介で?」


 現れた男は、年の頃三十半ば。絹問屋・李家の当主、李成りせいである。無骨な外見に似合わず、言葉は丁寧だった。


「はい。急な訪問で失礼いたしますが、東方の絹と馬鈴の流通について、いくつか提案がありまして」


 呂明は、事前に準備した図を広げた。巴蜀から韓を経て、趙・燕方面へと向かう物流路の簡略地図。その中には、陽翟を中継点とした迂回路も含まれていた。


「この路は険しいが、趙のぎょうまで抜ければ、彼の地の需要に応えられると見ています。特に戦備が高まる今、塩と馬具、そして西涼の皮革の需要が高まるはずです」


 李成は図を眺めながら、茶を口に運んだ。


「……なるほど。だが、鄴は趙でも軍管区に近い。郭開殿の管轄下にあると聞いているが」


「だからこそ、我々のような中立の商人が必要なのです。軍属の商隊ではなく、あくまで民間の流通として、物資を供給する。これが混乱を避ける最善の策だと、私は考えています」


 李成は視線を上げ、じっと呂明を見た。


「本当に、ただの商いか?」


 呂明は微笑を返した。


「世の中すべてが、銭だけで動くならば、話は早いでしょう。ですが――そうでもないから、話が尽きないのです」


 李成は低く笑った。


「なるほど。張家が紹介するわけだ。……面白い。協力しよう」


 それは大きな一歩ではなかった。だが、確かに越境の橋が一本、静かに架けられた瞬間だった。


 陽翟の街に夕日が落ち、絹を染める煙が夕空に溶けていく。


(秦も、韓も、趙も――どこに境があろうと、人の暮らしは続いている)


 呂明はそんなことを思いながら、茶を飲み干した。


 そして、その手にはまた一つ、新たな糸が結ばれていた。


数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


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