表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第五章 落日余光編
78/143

第七十四話 仮面の賢者、再び

 日が沈み、新鄭の空が群青に染まりはじめたころ、赤い札がまかれた広場は熱の残滓を漂わせていた。

 多くの人々は赤札を握りしめたまま、静かに帰路につき、語り部たちは荷を解きながら、それぞれの余韻に沈んでいる。


 そんな中、呂明は郦食其や白玲たちと広場の端に腰を下ろし、余った札の束を整理していた。紙の山を前に、白玲がふと漏らす。


「……こんな紙きれが、ここまで人を動かすなんて」


「紙ではない。言葉が力を持ったのだ。あの語り部たちの話が、人の奥底に届いた」


 郦食其の言葉に、阿紅は頷きつつも、どこか浮かない顔をしている。


「でも……それだけじゃない気がします。皆、心のどこかで待ってたんだと思う。“選びたかった”って」


 呂明はその言葉に微かに目を細め、呟いた。


「ならば、これからが本番だ」


 彼が立ち上がろうとしたそのとき、背後にひとつの影が忍び寄る。

 涼やかな夜風に乗って、乾いた衣擦れの音が響く。


「美しい演出だった。まるで劇場を観ているようだったよ、呂明殿」


 聞き慣れたようで、どこか異質な声。

 振り返れば、月明かりを背に、男が一人立っていた。白地に墨色の装束、そして何より──その顔を覆う仮面。


 呂明の視線が鋭くなる。


「……その仮面。あのとき、洛陽で会った“先生”か」


「覚えていたか。嬉しいね。あの夜、私塾の片隅で交わした言葉は、私の記憶にも深く刻まれている」


 仮面の男──管子は、口元だけをほのかに笑わせて言った。


「君の“王道”は面白い。いや、正確に言えば──危ういほど、美しい理想だ。だが、それゆえに私は惹かれる」


 仮面の奥の瞳が、一瞬だけ揺れた。


「だからこそ、滅びゆくと知りながらも……目を離せん」


 風が静かに葉を揺らす。

 呂明は言葉を返さず、ただその視線の意味を測ろうとする。


 呂明は仮面の奥にある瞳を見据えるように言葉を返した。


「あなたの言葉は、いつも“正しさ”を試してくる。……だが、それがただの玩具遊びでないことは分かっている。で、今日は何を見に来た?」


「君の札、君の言葉、君の賭け──すべてが本物かどうか、それを見届けに来た」


 管子は懐から一枚の赤札を取り出し、指先で弄ぶように揺らす。


「この札の重みは、実に良い。だが、“民の理解”だけで世を変えられると、思わぬことだ。民衆は水であり、時に舟を覆す」


「それを承知の上で、なお進む。それが王道だ」


「ならば……君の王道を、もう少し見てみよう」


 管子は、赤札を空へ放るように風に舞わせ、ゆっくりと呂明に近づく。


「君には、会うべき者がいる。“理”を語るに値する若き賢者だ。……彼なら、この札に込められた意味も、重さも、計り知れるだろう」


「……誰だ?」


「名前は言えない。だが、彼は韓にいる。……そして、遠からず君を必要とする」


 そう言い残すと、仮面の男は踵を返し、闇へと姿を消す。

 風が吹き抜け、赤い札が一枚、舞い戻って呂明の足元に落ちた。


 それを拾い上げながら、呂明は小さく呟いた。


「“理”を語る賢者……」


 その瞳の奥に、静かに火が灯る。

 やがて、その炎は──韓という国の運命すらも変えてゆくことになる。

数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


気が向きましたらブックマークやイイネをお願いします。

また気に入ってくださいましたら評価★★★★★を宜しくお願い致します。


執筆のモチベーションが大いに高まります!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ