表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第五章 落日余光編
72/143

第六十九話 洛陽再訪

 洛陽は、やはり空気が違った。


 幾度もの戦火をくぐり抜けたこの都は、それでもなお、どこか雅やかな香を残している。

 街を往く民の装いにも、商家の佇まいにも、そして城郭の輪郭にも、楚とはまた異なる「古き中原の香り」が漂っていた。


 呂明は、軽装で馬車を降りた。


 この地に来たのは、子供の時以来だ。だが今回は軍議でもなければ、急報でもない。


 父の残した町。その市政、想いの結晶をもう一度この目で見たいと思ったのだ。


 情報商としての表向きの理由は、もちろん「韓への交易拡大の前線調査」。


 だがそれ以上に、呂明の胸には「思想のゆくえ」を見定めたいという、ひそやかな衝動が渦巻いていた。


 洛陽の一角、石造りの門をくぐると、塾の中は驚くほど静かだった。


 数十名の若者が膝を揃え、中央の講壇に座す一人の老人の言葉に聞き入っている。

 その語り口は穏やかでありながら、刃のような鋭さを持っていた。


「──法とは、万民のためにあるものではない。君主が民を御するための器である」

 「仁愛は、ときに政を曇らせる。優しさは、支配の敵だ」


 その一節に、呂明は、はっと目を見開いた。


 ──聞き覚えのある調子だ。

 ──いや、声ではない。その構成と論理、その語る者の奥にある「政治観」そのものに、既視感がある。


 壇上の男──名は管子蘊。自らを「法を学び、商を知る者」と名乗った。


 講が終わった後も、若者たちは彼に質問を投げかけ、彼は静かに応じていた。


 呂明は、一歩近づき、ただ一言、声をかけた。


「……見事な講義でした。失礼ながら以前にどこかでお会いしておりませんか?」


 管子蘊は、ほほ笑んで首を振った。


「いえ、私はこの洛陽でひっそりと過ごす、ただの一塾頭です」


「貴方のような目を持つ者には、少々物足りなかったかもしれませんが」


 その言葉に、呂明は一瞬、目を細めた。

 この男は、自分の素性を見抜いている──あるいは、自分が「気づいた」ことに気づいている。


 だが、そこで踏み込むことはしなかった。


「いえ、学ぶことの多い講義でした。また、機会があれば」


 そう言って頭を下げると、管子蘊もまた静かに頭を下げた。


 その場を離れる道すがら、呂明は呟いた。


「火は……まだ、消えていないのか……」


 その炎の在処を確かめるように、呂明は再び旅装を整えた。

 目指すは、韓の都・新鄭。

 交易の先にあるのは、商売だけではない。思想と、権力と、そして──かつての亡霊たちとの再会だ。



数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


気が向きましたらブックマークやイイネをお願いします。

また気に入ってくださいましたら評価★★★★★を宜しくお願い致します。


執筆のモチベーションが大いに高まります!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ