第七話 客の嗜好に応える――独自の商法の模索
前日の体験販売で、呂明は客たちがただ品を受け取るだけでなく、己の好みに合わせた仕立てを求める様子を実感していた。
翌朝、父・呂不韋と共に市場へ再び向かった呂明の胸には、さらなる発想への期待が燃えていた。
市場の喧騒の中、昨日好評を博した「芳香織物セット」の前には、客たちが自らの感性で品の変化を楽しむ姿が見受けられた。
婦人の一人は、
「この布に染み込んだ香りが、自分だけのものになっていくなんて、まるで夢のようだ」
と話し、別の客は
「触れてみると、普段の品物が一変して、まるで宝石のような輝きを放つ」
と口にしていた。
呂明は、その生の反応に触れながら、前世で学んだ知識とこの世界で感じる熱気とが交錯するのを感じた。
彼は、ただの販売ではなく、客自らが「好み」を反映させることが、商品に新たな価値をもたらすと考えた。
そこで、彼は売り手の露店に近づき、静かに口を開いた。
「この布と香油を用いて、今一度試みていただきたい。例えば、こちらの露店で、客が自ら色とりどりの染料と香油の瓶を前に、真剣な表情で選び、その場で少量ずつ布に混ぜ合わせる小稽古を設ければ、布の色合いや香りが微妙に変化していく様子を、客自らが体感できるのではないでしょうか。そうすれば、『自ら好みで仕立て上げた逸品』として、より深い趣が生まれるはずです」
その瞬間、売り手の目が一瞬輝き、そして疑念が晴れたかのようにぱっと明るくなった。
これまでただ定型の方法で品を扱っていた彼にとって、呂明の提案は新たな風であり、実際に試してみることで、より良い品作りに繋がる可能性を感じさせた。
露店では、すぐに小稽古の準備が始まった。客たちは、色とりどりの染料と香油の瓶を前に、まるで儀式を見るかのような真剣な表情で、売り手が布に染料を混ぜ、香油を数滴垂らしていく様子に見入った。
目の前で、布の色が次第に深みを増し、柔らかな香りが広がると、客たちは「まさに、自分だけの逸品が出来上がるようだ」と歓声を上げ、笑顔を浮かべた。
その場の雰囲気に触れながら、呂明は内心でこう呟いた。
「前世では、理論や数字で商いを成り立たせていた。しかし、この世界では、実際に客が感じる『体験』が何よりも大切だ。古来の技法と、私の知識が融合すれば、唯一無二の商法が築けるはずだ…」
呂不韋も、遠くからその様子を見守りながら、低く力強い声で呂明に語りかけた。
「よく言った。お前の考えは、ただの計算を超えて、客の嗜好と心情を読み取り、そこに付加価値を与えるものだ。これこそが、真の商いの極意である」
帰り道、夕陽が市場を柔らかく照らす中、呂明は父の後ろ姿に、昨日の体験と新たな学びを胸に、次なる展開への決意を深めた。
「俺は、この場で得た『体験』を武器に、ただの取引ではなく、客自らが自分の好みで仕立て上げるという新しい価値を創り出す。これからも、この世界で商いの道を究めていくんだ」
その言葉は、静かに、しかし確固たる決意として、呂明の未来へと羽ばたく一歩となった。
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