閑話 倒れても、立ち上がれ
(ナイガルside)
土煙が舞った。
ナイガルは地面に叩きつけられ、肺から一気に息が抜ける。
鼻腔に入り込む土の匂い、焼けつく胸、ざらつく痛み。世界がぐらぐらと揺れていた。
(怖い)
(でも――)
這いつくばったまま、必死に顔を上げる。
目の前に立つ男――廉頗は、微動だにせずこちらを見下ろしていた。
まるで山だ。
圧倒的な存在感。指一本動かしていないのに、空気ごと押し潰されそうになる。
(負けたくない)
喉の奥で叫びが渦巻いた。
立てなければ、終わりだ。
ここで倒れたら――また、誰にも必要とされないあの世界に戻ってしまう。
小さな頃、名前すら呼ばれず、蹴飛ばされるだけだった日々を思い出す。
傷ついても、誰も気に留めなかった。
泣くことすら、許されなかった。
(嫌だ……あの頃の俺には、もう戻りたくない)
ナイガルは、土まみれの拳をぎゅっと握り締めた。
膝に力を込める。ぐらつきながらも、何とか体を起こした。
ぼやけた視界の隅で、仲間たちのざわめきが聞こえる。
心配と、期待と、諦めと――いくつもの感情が入り混じった視線が、全身に突き刺さる。
喉は焼けるように乾き、胸は苦しい。
それでも、ナイガルは口を開いた。
「まだ……いける……!」
体は悲鳴を上げていた。
だが、心は折れていなかった。
絶対に、立ち続けると決めたから。
廉頗が一歩、近づく。
そのわずかな動きだけで、地面が揺れたように感じた。
ナイガルは臆した。体が自然に震える。
(怖い……でも)
踏みとどまった。
唇を噛み締め、睨み返す。
次の瞬間、廉頗の拳が一閃した。
視界が反転する。
また地面に叩きつけられた。
今度こそ、立てないかと思った。
全身が軋み、痛みが波のように押し寄せる。
(それでも……それでも)
必死に体を引きずり、また膝を立てる。
血の味が口の中に広がった。
砂の匂いが鼻を刺した。
視界の端が黒く染まっていく。
それでも、ナイガルは立ち上がった。
すると、目の前の廉頗が――ふっと、笑った。
それは、冷たさの中に、かすかな熱を孕んだ笑みだった。
ナイガルの胸の奥で、何かが震えた。
(――期待、されてる)
誰かに、何かを期待されることなど、今まで一度もなかった。
あの手を伸ばしても届かなかった日々、誰も、振り向いてはくれなかったのに。
(だったら……応えたい)
ぐしゃぐしゃな顔のまま、ナイガルは拳を固めた。
体はボロボロだ。意識も、もう朦朧としている。
それでも、心だけは折れていなかった。
(俺は、まだ――戦える)
ぐらりと体が傾きながらも、ナイガルは廉頗を見据えた。
その目に、ほんのわずかでも誇りが宿った。




