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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第四章 興軍開商編
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第六十話 始動

 童庵の食堂では、湯気の立つ粥の鍋を囲み、子供たちがにぎやかに朝食を取っていた。


「おかわり、いいか!」


「ちゃんと並べ、順番だって言っただろ!」


 秦人の孤児たちに交じり、最近では遊牧民の少年たちも加わるようになった。


 服装も言葉も異なる彼らだが、腹を空かせた子供たちにとって、そんな違いは些細なことだった。


 食事の後、皆は決められた作業に散った。


 武芸場では、簡素な木剣を手にした子供たちが打ち合い、作業場では年長の者たちが靴や手綱を黙々と作っている。

 言葉が通じず、最初は喧嘩も絶えなかったが、次第に無言の協力が生まれていった。


 その中で、ひときわ目を引く少年がいた。


 鋭い黒い瞳、日に焼けた褐色の肌。

 年の頃は十三、四ほどだろうか。

 器用に刃物を操り、馬具の革を正確に切り出していく。


「……あいつ、うまいな」


 呂明は、童庵の回廊からその様子を見下ろしながら呟いた。


「ナイガルと言います」


 隣に控えていた白玲が答える。


「元は南匈奴の部族の出で、戦乱で親を失い、安定に流れ着いたとか」


「南匈奴か……」


 呂明は小さくうなずいた。

 匈奴といえば、いずれ秦が本格的に向き合う相手。

 この少年が、いずれ何かの鍵を握るかもしれない――そんな直感が胸をかすめた。


「腕だけじゃない。目がいい」


「ええ。観察力も反応も、他の子供たちとは段違いです」


白玲も頷く。


 ナイガルは、隣の少年が手間取っているのを見ると、無言で手本を示してやっていた。

教え方も荒々しいが、筋は通っている。


「……拾って育てよう」


 呂明は静かに言った。


「ただの労働力にしない。あいつは――将来、橋になる」


 白玲が目を丸くしたが、すぐに小さく笑った。


「では、ナイガルには特別な教育を施します」


「頼む」


 呂明は、賑やかな童庵の光景を見渡した。


 秦人も、遊牧民も、孤児も、皆が一緒に汗を流し、食べ、笑い、そして生きている。


 ここから、新しい力が生まれる。

 それが、いずれ秦の西域への道を開く――そんな確信が湧き上がっていた。


(急がず、だが確実に)


 呂明は心に誓い、静かに踵を返した。


 童庵は、まだ芽吹いたばかりの若木だ。

 だが、いつか必ず、大地に深く根を張る巨木となるだろう。


 そしてその幹には、ナイガルのような未来が――確かに宿っている。



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