第五話 香りと色彩が織りなす―体験型付加価値販売の挑戦
薄曇りの朝、呂明は父・呂不韋と共に市場へ再び足を運んだ。
昨日学んだことを胸に、彼は今日こそ自分の知識を現場で試す決意を固めていた。
市場の一角、いつもの露店とは一線を画す、まだ改良の余地がある布と香油の陳列に、呂明はひそかに期待を寄せていた。
露店に並ぶ粗い布は、触れるたびにその風合いに微妙な温かみを感じさせ、同時に「まだ本当の輝きを引き出せていない」という印象を呂明に与えた。
売り手は、いつものように簡単な取引に終始していたが、呂明は前世で学んだ現代のマーケティング知識を応用し、布と香油を組み合わせた新たな提案を心に描いていた。
「もし、この香油を布にじっくりと染み込ませ、『芳香織物』として仕上げたなら、単なる布ではなく、女性への贈り物として大いに価値が上がるはずだ。さらに、客自身がその場で好みの色と香りを選べる体験型の販売方式を取り入れれば、より多くの人の心に響くだろう」
呂明は、売り手の元にそっと近づき、控えめながらも確固たる口調で提案した。
その瞬間、売り手の目が一瞬輝き、そして疑念が晴れたかのようにぱっと明るくなった。これまでの販売方法に限界を感じていた彼は、新たな可能性に心が躍るのを感じた。
呂不韋は、遠くからその様子を見守りながら、深い眼差しで呂明を評価した。
「よく言った。お前の提案は、ただの理論ではなく、実際に現場の鼓動を感じた上での発想だ。これにより、客は単なる商品としてではなく、体験として商品を受け取ることになる。まさに、『御用達』の品としての付加価値を自ら創り出す試みだ」
と語った。
露店では、呂明の提案に基づいて、売り手が簡易なデモンストレーションコーナーを設けた。
事前に用意された染料と染色用具を使い、実際に香油を布に染み込ませる工程を、短時間ながらも丁寧に見せる。客たちは、布の色が変わり、艶やかに仕上がる様子に目を奪われた。
「こんなに布に香りが染み込むのは初めてだ」
と、一人の女性客が声を上げ、別の客は
「自分だけの組み合わせで作れるのが嬉しい」
といった感想を述べる。さらに、ある女性は
「この香りをかいでいると心が落ち着くわ」
としみじみと語り、数多くの好評が広がった。
帰り道、夕陽が市場の喧騒を柔らかい黄金色に染める中、呂明は父の後ろ姿を見つめながら、心の中で静かに誓った。
「俺は、ただ物を売るだけの者ではない。ここで感じた体験と、客たちの生の声が、真の付加価値を創り出す鍵だ。これからも、この現場で学び、独自の商才を磨いていく」
その決意は、夕陽の柔らかな光と共に、彼の未来への大きな一歩として刻まれた。
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