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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第三章 離乱興商編
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第四十七話 密約の席

 灯りの少ない茶館の奥、張られた簾の向こうから、低くくぐもった声が響いた。


「おぬしが──呂明か」


 項季が目で合図すると、呂明は静かに簾をくぐった。


 その先にいたのは、黒ずくめの衣に身を包んだ壮年の男。両の腕を組み、背後には二人の手下が控えている。目つきは鋭く、口元には軽い笑み。だが、その風貌以上に、空気が重い。まるでこの場に、見えぬもう一人の存在が潜んでいるような。


「雁南のえんなんのようと申します。黒鷲様の命で、話を伺いに参った」


「黒鷲……やはり実在するんですね」


 呂明の言葉に、姚は笑みを深めた。


「実在するかどうか。それを確認する必要が、果たしてあるのかどうか。大事なのは……話が通じるか否か、でしょう?」


 姚の声は穏やかだったが、その背後に潜む威圧は隠しようがなかった。


「では、話をしましょう。私の望みは単純です。密輸の撲滅ではない。楚における秩序の回復──そして、それを果たす力の再編です」


「……再編?」


 姚がわずかに眉をひそめた。


「供給が需要に追いついていない。それゆえ、密輸が生まれる。そして混乱が広がる。だが、密輸は根絶できない。力がある者が、新たな秩序として受け皿となる以外に、解決はない」


「その“力がある者”が、おぬしらというわけか」


「そうです。ただし、密輸ではない形で」


 呂明は卓に手を置き、静かに言葉を続けた。


「我々の商会が、楚との正規取引を担います。貴方たちは密輸組織ではなく、正規の輸送業者として、我々の協力者となってください」


 沈黙。


 姚の視線が鋭く呂明を射抜く。後ろの部下たちが、わずかに身じろぎした。


「蔡家の後ろ盾を得たからといって、我らを飼い慣らせると思うな」


「その逆です」


 呂明は即座に応じた。


「蔡家は、秩序の維持と影響力の保持を望んでいます。貴方たちが我々と手を組めば、蔡家は“密輸組織を抑え、取引量を拡大させた英雄”として楚に名を馳せることになる」


「蔡家の名誉を、餌にする気か?」


「名誉が動かぬ権力を動かすのです。そして、我々が供給を担えば、楚の需要も潤い、混乱は収まる。民は喜び、蔡家は賞賛され、あなた方は堂々と物を運ぶ」


 姚は黙した。やがて、ゆっくりと口を開く。


「黒鷲様は、力ある者の理を重んじる方だ。──つまり、貴様が“力ある者”かどうか、それを見極めるまでは、我らは動かん」


「望むところです」


 呂明の返答は即断だった。


「蔡家は我らとの取引を容認しました。次は楚の官僚です。彼らが私を選ぶなら、貴方たちも行動を決めるのでは?」


「……なるほど。観察を続けさせてもらおう、呂明殿」


 姚がふっと笑った。その目は、真意を測るように鋭い。


「だが……、一つ、忘れるな。我らはただの運び屋ではない。道理を持たぬ者は、容赦なく沈める。それが“黒鷲”のやり方だ」


 それだけ言うと、姚は立ち上がり、手下を連れて去っていった。


 項季がそっと息を吐く。


「……とんだ連中と手を組むことになりますね」


「秩序は、混沌を取り込んでこそ形になる。今はそれでいい」


 呂明の目は、姚の去った先を見つめていた。その奥には、まだ姿を現さぬ「黒鷲」がいる。


 ──取引は、始まったばかりだ。

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