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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第三章 離乱興商編
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第四十五話 漢水の支配者

 項季が用意した書状を手に、呂明は蔡家の拠点である商館へと向かった。

 蔡家──楚国の水運を牛耳る一族。その名を口にするだけで、地元の商人たちは顔を曇らせる。


「蔡家に逆らった者がどうなったか、知らないわけじゃないだろう?」


 昨日、情報収集のために訪れた茶屋で、老いた商人がそう呟いたのを思い出す。


 蔡家は、単なる通行税の徴収者ではない。彼らは漢水の秩序を維持し、商路の安全を確保する役割を担ってきた。その影響力は絶大で、楚の王族とも強い結びつきを持つ。単なる豪商ではなく、交易を通じて一族の誇りを守る者たち でもあった。


 そんな相手と、ただの商談で済むはずがない。


「随分と緊張しているようだな、呂明」


 項季が笑いながら言う。


「蔡家との交渉は一筋縄ではいかない。だが、勝算がないわけじゃない」


 呂明は、ふと遠い記憶を呼び起こした。

 生前、企業の管理職だった頃、大手取引先との交渉に臨んだことがある。相手は長年の取引を盾に、一方的に不利な条件を押し付けようとしていた。

 だが、彼らが何より大事にしているのは「会社の信用とブランド価値」だった。

 そこに目をつけた呂明は、金銭だけでなく、企業の社会的評価に訴えることで交渉を有利に進めた。


 ──金だけでは人は動かない。相手の誇りや立場を揺さぶることが重要だ。


 今回の交渉も、根本は変わらない。蔡家が守ろうとしているものを見極め、それに揺さぶりをかけることができれば、突破口は開ける。


「交渉とは、相手が何を求めているかを見極めることだ」


 呂明は静かに言った。


「蔡家は、金だけでは動かない。彼らの『名誉』をどう揺さぶるか……それが鍵になる」


 その言葉に、項季がわずかに表情を曇らせた。


「蔡家の名誉……な。俺にとっては、ろくでもないものだ」


 呂明は、項季の言葉に目を向けた。


「お前……蔡家に何か因縁があるのか?」


 項季は一瞬、口をつぐんだが、やがて苦笑した。


「昔、蔡家の連中に酷い目に遭わされたことがある。まあ、俺個人の話だ。交渉には関係ない」


 そう言ったが、呂明には関係なくはないように思えた。蔡家に対する感情が、項季の判断を揺るがす可能性もある。


 だが今は、それを追求する時ではない。


「……とにかく、行くぞ」


 二人は、商館の門をくぐった。


 蔡家の当主・蔡文との交渉が、今まさに始まろうとしていた。


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