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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第三章 離乱興商編
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第四十四話 水運の壁

2日連続の1,000PVオーバーとなりました。

数字が力になります。

 ——交易の要は、ただの売り買いではない。利益が循環する仕組みを作ることだ。


 燭の明かりがゆらめく商館の広間。楚の豪商たちが円卓を囲み、呂明を見つめていた。


「つまり、お前の言い分はこうだな」


 商館の主・季成が、ゆっくりと扇を閉じる。


「漢中を拠点に、秦と楚の交易を拡大する。しかし、ただ商品をやり取りするだけでなく、物資の流れを最適化し、長期的に利益を生む仕組みを作る——と」


「ええ。そのために、交易品の選定が重要になります」


 呂明は微笑し、商人たちの反応を窺った。


 襄陽や陳、寿春といった楚の各地から集まった商人たちは、それぞれに計算を巡らせながらも、慎重な態度を崩していない。


 だが、関心は確実に引きつけている。


「では、具体的にどのような品をやり取りするつもりだ?」


 季成が問いかけると、呂明は静かに指を折った。


「まず、楚から秦への輸出品として——」


「絹、香木、塩漬けの魚、南方の果実、そして椰子」


「ほう……」


 商人たちがざわめく。


 絹や香木は定番の交易品だ。楚の特産品として、秦の市場でも高値で売れる。


 だが、椰子や魚の干物といった品目が加わったことに、彼らは驚きを隠せないようだった。


「椰子だと? 楚の南方で採れる果実だが……それを秦に売るのか?」


「ええ。椰子は食用としても優れているし、秦では珍しいため高値で取引できる」


 呂明は微笑んだが、それ以上の説明はしなかった。


 ——本当の狙いは、石鹸の生産拡大だ。椰子の油を原料にすれば、漢中での製造量を飛躍的に増やせる。さらに、搾りかすは飼料となり、豚の畜産にも活かせる。だが、それを今ここで言う必要はない。


 彼はただ、杯を傾けるだけだった。


「なるほどな……。では、他には?」


「畜産を拡大するため、飼料の輸入も考えている」


「飼料?」


「豚の畜産を促進する。豚は成長が早く、食料としての価値が高い。さらに、油脂を採れる。冬場の燃料や保存食にも活用できる」


「食糧問題の解決策か……なかなか興味深い」


 呂明がまとめると、豪商たちは満足げに頷いた。だが、呂明の視線はすでに交易そのものではなく、その先に向いていた。


(これで、より安定した供給ができる)


「一方、秦から楚へは——」


「鉄器・農具・塩」


「なるほどな……鉄器はやはり外せんか」


 季成が目を細める。


 秦の鉄器は楚のものよりも精巧であり、農民や職人にとって魅力的な品だ。


「だが、軍需物資にあたる武器は制限が必要だな」


「もちろんです。私が取引を管理し、必要以上に流出しないよう制御します」


 呂明の言葉に、商人たちは納得したように頷く。


「それに、楚への輸出品には塩も含まれます」


「塩……」


「ええ。秦の塩は質が良く、楚の市場でも高く売れるでしょう」


 塩は、人々の生活に不可欠な品だ。楚の各地に運べば、安定した需要が見込める。


 さらに、呂明は最後の札を切った。


「そしてもう一つ——馬の飼料です」


「馬の……飼料?」


「ええ。楚は軍馬を多く抱えていますが、良質な飼料の供給には苦労していると聞いています。秦から飼料を輸出すれば、楚の騎馬部隊の維持に貢献できます」


 商人たちの表情が変わる。


「つまり、馬そのものを売るのではなく、間接的に利益を得るということか……」


「お前、なかなかの策士だな」


 季成が微笑を浮かべた。


 交易の内容は固まった。だが——


「しかし、問題が一つある」


 季成が扇を閉じ、呂明を見つめる。


「この交易を実現するには、大量の物資を運ぶ手段が必要だ。しかし、漢中から楚への水運を掌握しているのは、ある勢力だ」


「……」


 呂明は静かに杯を置いた。


「襄陽の水運を牛耳る『黄家』か」


「察しがいいな」


 季成が頷く。


「黄家は、楚の王族に多大な献金を行い、その庇護のもとで漢水の水運を独占してきた。彼らの影響力は、襄陽の商人たちも無視できない。彼らの許可なく、大規模な交易を行うのは難しい」


「彼らは交易に協力的なのですか?」


「ふん、どうかな……」


 季成は含み笑いを漏らす。


「彼らは利益になれば動くが、敵対すれば容赦なく妨害する。お前の取引が彼らにとって脅威になると判断されれば、手を回してくるだろうな」


 呂明は静かに考えた。


 交易路の確保——それが、次なる課題だ。


 漢水を利用できれば、大量の物資を運ぶことができる。しかし、黄家の影響力を無視することはできない。


「なるほど……」


 呂明は小さく笑った。


「ならば、彼らと話をつける必要がありますね」


「交渉するつもりか?」


「ええ。楚の王族と繋がる有力豪族、そして長年この地の水上交易を支配してきた海商たちです。彼らの許可なく、大規模な輸送は不可能でしょう」


「奴らは武力すら使って利権を守る。これまで何度か、他所の商人が水路に手を出そうとしては潰されている」


 別の商人が不快そうに吐き捨てる。


「……そうなると、彼らと交渉する必要があるな」


 呂明は静かに言い放った。


「だが、容易ではないぞ。お前に何か策があるのか?」


「ええ、もちろん」


 呂明は微笑んだ。


(この手の交渉は初めてじゃない。利権を守ろうとする者には、必ず交渉の余地がある。彼らもまた、完全に孤立しているわけじゃないのだから……)


 彼は既に、水運を支配する勢力の中に、自分が利用できる人物がいることを把握していた。それを切り札に、交渉を進めるつもりだった。


「まずは、接触してみましょう」


呂明は静かに言った。こうして、新たな戦いが幕を開けた。

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