第四十一話 楚の扉を叩く
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今後も皆様の期待に応えられる原稿が作れるように精進して参ります。
夜の帳が下り、漢中の館に灯る燭光が静かに揺れていた。呂明は書斎で筆を走らせながら、書状の内容を推敲していた。
李斯宛ての報告書。そこには、漢中が秦にとって不可欠な地であること、物流の要衝としての役割を果たしつつ、安定した統治を行う意志があることを明記する必要があった。
漢中を拠点とし、戦乱で疲弊した楚に物資を流すことができれば、大きな利益を得るだけでなく、商圏を広げる足掛かりにもなる。
しかし、秦の監視の目をかいくぐりながら、いかにして楚の有力な商人たちと接触するかが課題だった。
机上の蝋燭が小さく爆ぜる音がした。その音を合図にするように、扉を叩く音が響く。
「入れ」
扉が開き、張と清が項季を伴って入ってきた。
「お呼びとのことでしたので」
項季は深々と頭を下げる。かつて奴隷だった彼は、今や自由の身となり、漢中で働いていた。楚出身の彼は、呂明にとって楚との交易を進めるうえで貴重な存在となり得る。
呂明は筆を置き、まっすぐに項季を見つめた。
「項季、お前に頼みたいことがある」
「私に……?」
項季は驚いた表情を見せたが、すぐに真剣な面持ちで呂明を見返した。
「楚との交易を本格的に進めるつもりだ。ただし、いきなり大規模な取引を持ちかけても、相手の警戒を招くだけだ。まずは接触の糸口が必要になる」
「私を、その橋渡し役に……と?」
「そうだ」
呂明は頷き、続けた。
「お前が楚で知っている商人や、信頼できる者はいないか? あるいは、楚の商人が集まる交易の場の情報でもいい。何か手がかりが欲しい」
項季はしばし考え込んだ。やがて、ゆっくりと口を開く。
「……かつて私が捕まる前に仕えていた商家が、まだ残っているかもしれません。楚の南部では、戦乱の影響が比較的少ない地域もあり、商業が続いている可能性があります」
「南部か……具体的な都市の名は?」
「郢の近くにある襄陽という町です。そこには、楚の中でも比較的安定した商圏があり、私が仕えていた商家——『白氏』も、もしかすると存続しているかもしれません」
呂明は即座に地図を広げた。楚の中心地からはやや離れるが、河川が通じる臨江は交易には適した地だった。
「白氏か……そこに繋がりが残っていれば、貴重な手がかりになりそうだな」
「ですが、長年経っていますし、戦乱の影響でどうなっているか……」
「それを確かめるのがお前の役目だ」
項季は息を呑んだ。
「お前には、襄陽へ向かい、白氏が健在かどうかを探ってもらいたい。そして、もしまだ商いを続けているなら、漢中との交易に興味があるかを探れ」
項季はしばらく沈黙した後、深く頷いた。
「……分かりました。私にできる限りのことをいたします」
呂明は微笑み、張に向かって指示を出した。
「項季の旅支度を整えろ。護衛もつけてやれ」
「承知しました」
張が動き出し、清も項季に向かって軽く頷いた。
呂明は机上の茶器を手に取り、静かに湯を注いだ。
「茶は、楚の南部で作られるものが上質だと聞く。これを秦で流通させることができれば、新たな市場が開ける」
清が興味深げに問いかけた。
「茶は、秦ではまだそれほど普及していないはずですが……」
「だからこそ価値がある。珍しいものは高値で取引される。特に貴族や富裕層の間では、嗜好品としての可能性が高い」
「なるほど……」
呂明は茶を一口含み、ほのかに広がる苦味と香りを楽しんだ。そして、目の前の交易の可能性に思いを巡らせた。
項季が楚との架け橋となるのか、それとも新たな壁が立ちはだかるのか——それは、彼が持ち帰る報告次第だった。
(この一歩が、漢中と楚の未来を変えることになるかもしれない)
呂明は筆を取り、李斯宛ての書状の仕上げに取りかかった。漢中の価値を示しつつ、秦の警戒を解くための言葉を慎重に選びながら——。
漢中は動き出す。新たな交易と、未知の未来へ向けて。
少しでも期待に応えたく、本日は2話更新致します。
42話は20時公開を予定しておりますので、是非お楽しみくださいませ。
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