第三十九話 帰路の灯
張と清は、李斯との対面を終え、漢中への帰路についた。道中、彼らは李斯の反応を慎重に分析し、呂明への報告内容を練り上げていた。
咸陽を発ち、険しい山道を抜け、関中への道を進む二人の心には、まだ李斯の言葉と反応が残響していた。
「李斯は、手紙を受け取ったが、その場で何も言わなかった。受け取るだけなら、単なる礼儀とも取れるが……」
馬を進めながら、張が思案するように呟いた。
清は、静かに前を見据えながら口を開く。
「あの男の目は、何かを測っているようだった。嬴政の意向、あるいは呂不韋の影響力……様々なものを天秤にかけているのだろう。あの男の微妙な間。私が見た限り、ただの沈黙ではない。彼は何かを考え、慎重に判断しようとしていた。」
張はその言葉に頷く。
「李斯ほどの人物が、何の意図もなく沈黙するとは思えん。だが、受け取ったという事実だけでも、嬴政に報告する可能性はある。」
「もし李斯が、嬴政に『呂明は漢中を独立させようとしている』と匂わせるような報告をすれば、我々の立場は危うくなる」
清は馬上で姿勢を正し、思案するように視線を遠くに向けた。
「李斯は、手紙を受け取った後、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。その後、再び張り付くような冷静な表情に戻り、何かを隠しているようにも見えた。それが単なる疑念なのか、呂不韋との関係を考慮しているのか……」
二人は、道中の宿場町に一泊することにした。夕刻の宿屋で、張は文を認めながら、清と再び話し合った。
「呂明様に何を伝えるべきか……李斯が書状をどう扱うかは未知数だが、少なくとも拒絶はしなかった。となれば、嬴政に伝わる可能性は高い。」
清は腕を組みながら言う。
「だが、それだけでは不十分だ。呂明にとって重要なのは、李斯が単に伝えるかどうかではなく、それをどのような形で嬴政に伝えるかだ。」
張は筆を置き、目を細める。
「確かに……李斯の言葉一つで、呂明様の立場が変わり得る。慎重に報告しなければならん。」
夜が更け、二人は短い休息を取った。そして翌朝、漢中へ向けて出発した。途中の関所では、張と清の一行は厳しい検問を受けたが、呂明の名が通っていることもあり、無事に通過することができた。
やがて、漢中の街並みが見えてきた。張は、呂明に報告する内容を整理しながら、馬を進める。
「呂明様は、次の一手をどう打つのか……李斯の反応をどう読むかが鍵だな。」
清は静かに呟いた。
「そして、私たちの役目も終わりではない。これからが本番だ。李斯が動けば、咸陽全体が揺れ動くかもしれない」
二人の言葉が交錯する中、漢中の門が目の前に迫っていた。