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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第一章 孤影、商道を往く
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第四話 呂明、初めての取引現場に挑む

 薄明かりの朝、呂不韋は呂明を連れて、市場へと向かった。

 市場は昨夜の記憶を呼び起こすほどに賑わい、多彩な品物が活気ある交渉の中で取引されていた。

 果実の瑞々しい香り、香辛料が立ち込める蒸気、そして手に取るたびに異なる風合いを感じる陶器や銅貨――五感を刺激する光景が広がっている。


 呂不韋は、これまで抽象的に語っていた商いの本質を、今日こそ現場で示そうと意を決していた。

 市場の一角、賑やかな通路に差し掛かったとき、彼はふと一組の売り場に立ち寄る。

 そこには、洗練された布地が丁寧に並べられており、売り手が熱心に客と交渉していた。


「見よ、この布。上質な生地は、その風合いと色彩が人々の評判を呼ぶ。もしこれが『御用達の一品』と評されれば、例えば『王宮に献上された品と同じ布』だと伝えられれば、その価値は飛躍的に上がるはずだ」


 と、呂不韋は低く語りながら、実際に布に触れ、その柔らかさを確かめた。


 呂明は、父の具体的な説明に心を奪われる一方で、内心で疑問が渦巻いた。


「でも、どうして噂で価値が吊り上がるんだろう? ただ質が良いからと言うだけでは、客は判断しないはずだ。噂というのは、人々が信じる『付加価値』を生み出す力なのだろうか……」


 その問いは、前世での合理的な計算とは異なり、感覚と直感に頼るこの世界の不思議な経済論を突いていた。呂明は、父の話を聞きながら、今ここにある市場のざわめきや、客たちの表情をじっくりと観察した。


 突然、父が近くの出品者と交渉している場面に、呂明は参加する機会を得る。売り手と客の会話の中で、呂明は小さな声で意見を述べた。


「……この布、もし『御用達の一品』と評されるなら、たとえば『王宮に献上された品と同じ布』だと伝えると、もっと高値で売れるのではないでしょうか?」


 その提案は、ただ単に理論的な計算だけではなく、市場の空気や、客の期待感に訴えかける発想だった。売り手の顔に一瞬の驚きが走ると、父である呂不韋が振り返り、深い眼差しで呂明を見た。


「よく言った。『御用達の一品』という発想は、これまでなかった。客の欲するものを見極め、付加価値を創出する。それこそが、商いの真髄だ。商いは理論だけでなく、この現場で感じる実感が何よりも重要なのだ。お前は、この市場の鼓動をしっかりと捉え、己の感覚を磨くべきだ」


と、呂不韋は力強く語った。


 その言葉は、風に乗って市場全体に響き、呂明の胸に新たな決意を刻む。彼は、単なる計算だけではなく、人々の心の動きを理解する必要があると痛感した。市場の熱気、出品者の情熱、客の笑顔―

 すべてが、商人として成長するための学びとなる。


 帰り道、夕陽が市場の屋根を黄金色に染め上げる中、呂明は小さな決意を胸に呟いた。


「俺は、この市場でただ物を売るだけの者ではない。ここで、噂と信頼で価値を創る真の商人として成長し、乱世に希望を灯す商いを極めるんだ」


呂不韋の後ろ姿を見ながら、呂明の瞳は確固たる決意と、これからの試練に立ち向かう覚悟で、しっかりと輝いていた。


数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


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