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第三十一話 漢水の闇

 呂明たちは漢水流域に到着し、広がる肥沃な大地と穏やかな流れに一瞬目を奪われた。

 しかし、その自然の美しさとは裏腹に、町の雰囲気は異様だった。道行く人々は視線を伏せ、商人たちは警戒したように会話を交わしている。建物の壁には剥がれかけた布告が貼られ、そこには「掟に従え。背く者には死を」という無慈悲な文言が書かれていた。


「まるで牢獄だな……」


 雷厳が低く呟く。


 岳春もまた険しい表情を浮かべていた。


「これが劉淵の支配の現実か。豊かな土地があるのに、人々が萎縮している……異様な光景だ。」


 呂明は静かに観察を続けた。商店の品揃えは乏しく、塩に至っては一袋に法外な値がつけられている。

 塩の独占がいかに町を締め上げているか、一目瞭然だった。そして何より、道端に蹲る痩せた少年や、怯えたように身を寄せ合う母子の姿が胸を締めつけた。


 宿を探しながら歩を進めると、広場の一角で人だかりができていた。近づくと、そこでは奴隷市が開かれていた。檻の中に閉じ込められた人々の中には、荒れ果てた衣服をまとい、目に生気のない者たちがいた。売り手の男が笑いながら


「働き手が欲しけりゃ今が買い時だ!」


 と叫ぶ。


「まさか、ここまでとは……」


 雷厳が拳を握り締める。


 その瞬間、奴隷市の端で一人の少女が抵抗を試みた。しかし、すぐさま屈強な男に押さえつけられ、悲鳴があがる。周囲の者たちは見て見ぬふりをし、誰も助けようとはしない。その光景に、呂明の目が鋭く光った。


「行こう」


 呂明は踵を返し、宿へと向かった。感情を表に出さぬよう努めていたが、その胸には怒りと決意が渦巻いていた。


 宿の主人は、彼らの身なりを一瞥し、戸を閉めかけた。しかし、呂明が懐から金を取り出すと、主人は渋々ながらも扉を開けた。


「……お客人、ここは長居するところではありませんぞ。目立つ行動はお控えなさいませ」


「劉淵の支配がそれほどまでに?」


 呂明が問うと、宿の主人は一度周囲を確認してから、絞り出すように言った。


「彼はただの商人ではない。役人をも買収し、逆らう者は見せしめに殺す。塩と奴隷を独占し、反抗すれば財産を没収される。誰もが生き延びるために沈黙するしかないのです……」


 岳春が苦々しく息を吐いた。


「このままでは、この街は完全に腐りきるな。」


 呂明はゆっくりと頷いた。


「しかし、独占というものは、どこかに必ず綻びがある。劉淵が支配を続けるには、彼に利益をもたらす仕組みがあるはずだ。まずはそれを突き崩す」


 雷厳が口元を歪めた。


「具体的には?」


「塩と奴隷、この二つが彼の支配の柱だ。そして人々は沈黙しているが、決して心から従っているわけではない。劉淵の支配の実態を暴き、反抗の機運を高める。最も重要なのは……」


 呂明は静かに言った。


「人々が自ら声を上げられる状況を作ることだ。」


 岳春が目を細めた。


「つまり、劉淵を討つだけではなく、民衆が自ら行動を起こせるよう仕向けるということか」


「そうだ。そのためには、まず情報を集める。劉淵の資産の流れ、取引先、護衛の戦力、役人との繋がり……すべてを把握した上で、一つずつ切り崩す」


 呂明の言葉に、雷厳と岳春は互いに目を合わせ、決意を新たにした。


 その夜、宿の一室で呂明たちは作戦を練り始めた。劉淵の牙城を崩し、漢中を解放するための戦いが、静かに幕を開けようとしていた。



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