第二十九話 侠客の誇り
夕暮れ時、呂明は指定された場所へと足を運んだ。巴蜀の奥深く、山間に広がる集落——
そこが侠客たちの根城だった。
山道を進むと、視界が開け、そこには岩肌に張り付くように建てられた木造の建物が点在していた。
鍛錬場らしき広場では、屈強な男たちが剣を振るい、幾つもの焚火が風に揺れる。集落の中央には、頑丈な梁で組まれた大きな建物があり、そこが彼らの拠点であることを物語っていた。
呂明が足を踏み入れると、すでに数名の男たちが待ち構えていた。鍛え上げられた体、鋭い眼光、まるで猛禽のような気迫を放つ彼らは、ただのならず者とは一線を画している。
「貴様が、青龍幇の使いか?」
最前に立つ男が低く問いかけた。その隣には、もう一人の巨漢が腕を組み、不機嫌そうに呂明を睨んでいる。
「呂明と申します。今日はお話をさせていただきたく、お時間をいただきました」
呂明は一礼し、相手の出方を伺う。
「話? お前のような若造が、俺たちに何を語るつもりだ?」
巨漢が鼻で笑った。彼の腕は岩のように太く、無造作に立っているだけで周囲を圧倒する威圧感を持っていた。
しかし、呂明は怯まない。
「侠客の方々は、義を重んじると聞いています」
その言葉に、二人の男の表情がわずかに変わった。
「……ほう?」
「だからこそ、今回の話を聞いていただきたいのです。我々は巴蜀を守り、交易を発展させようと考えています。そのためには、侠客の皆様の力が必要なのです」
呂明は慎重に言葉を選んだ。ここで彼らの誇りを傷つければ、交渉の道は閉ざされる。彼らはかつて、この地で悪政を行う役人たちに抵抗した者たちの末裔であり、今もなお、自由と正義を求めて戦い続けている。単なる無法者ではない——それを理解していることを示さねばならない。
「ふん……」
最前の男は腕を組み、しばらく呂明を見据えた。そして、やがて口を開く。
「俺たちは、名を捨てた者。世間からは盗賊まがいに思われている。だが、誇りを捨てたわけではない」
「ええ、その誇りを私は信じています」
呂明の言葉に、巨漢の男がわずかに目を細めた。
「信じる、か……」
「そうです。我々が作る交易の流れが、侠客の皆様にとっても有益なものであると証明する機会をいただきたい。具体的には、交易路の護衛や、情報収集をお願いしたいのです。これにより、侠客の皆様が生きる術を得ると同時に、この地の秩序を守ることにもつながります」
「証明できなければ?」
「そのときは、私がすべての責任を負いましょう」
呂明はまっすぐに彼らを見据えた。
男たちは互いに視線を交わし、やがて最前の男が口元に笑みを浮かべた。
「面白い……ならば、俺たちの信義を試してみるがいい」
こうして、侠客たちとの交渉が始まるのだった——。