第二十八話 交渉の対価
「ただし、これで終わりではありません」
呂明は静かに言葉を続ける。
「西涼堂は青龍幇の影響力を警戒しています。彼らが本当に協力関係を結ぶには、こちら側の保証が必要です」
「保証、か……」
清が低く呟く。
「確かに、西涼堂はこれまで我々と対立関係にあった。すぐに信用しろというのは無理な話だな」
呂明は頷いた。
「そこで、まずは試験的な取引を提案しました。小規模な交易を実施し、互いに利益が生まれることを確認する。その上で、本格的な協力に進む形です」
華叔は静かに考え込んだ後、ふっと笑った。
「なるほどな。お前のやり方は慎重だが、確実だ」
「しかし」
清が厳しい視線を向ける。
「青龍幇の中には、西涼堂との取引に反対する者もいる。我々が手を組むと決まれば、必ず妨害を企てる連中が出るだろう」
呂明はその言葉を待っていたかのように口を開く。
「だからこそ、次の一手が必要です」
「ほう?」
華叔が興味深げに促す。
「西涼堂との取引を守るために、交易ルートの安全を確保する必要があります。そのためには——」
呂明は少し間を置き、言葉を紡いだ。
「侠客たちの協力を得るのが得策かと」
清の眉が動いた。
「侠客? 彼らをどう利用するつもりだ?」
「利用するのではなく、互いの利益を一致させるのです」
呂明は静かに微笑んだ。
「彼らもまた、生きるために何らかの支えを必要としています。交易が安定すれば、彼らにも恩恵がある。そこに共通の利益を見出せば、協力関係を築くことは可能です」
「……侠客の中には、すでに西涼堂とつながりを持っている者もいる。もし彼らを味方につけられれば、交易の妨害を防ぐだけでなく、情報を得る手段にもなるな」
清がゆっくりと頷いた。
華叔は沈黙した後、低く笑った。
「お前、本当に面白いやつだな」
清は腕を組んだまま、考え込んでいる。
「侠客たちの協力を得られれば、西涼堂との取引はより確実なものになる……か」
「ええ。しかし、彼らを説得するには、私自ら出向く必要があります」
呂明はそう言って、静かに立ち上がった。
「ならば、準備を進めろ」
華叔が指示を出す。
「侠客たちの協力を得られるかどうか、お前の腕次第だ」
「その前に。今回の代金をまだもらってない。もし次の取引を成功させた場合、私は何を得ることが出来る?」
清はわずかに眉を上げた。
「……ほう?」
華叔が興味深げに笑う。
「当然、相応の見返りは考えている。だが、お前は何を望む?」
呂明はわずかに唇の端を上げた。
「今はまだ言わないでおきましょう。ただ、私が青龍幇にとって必要な人間だと証明できれば、相応の報酬を得られると考えてよいか? まさか、青龍帮が仁義を謀るような愚かな集団ではないでしょう?」
清と華叔が互いに視線を交わす。
「フッ……」
華叔が小さく笑った。
「面白いことを言う。お前がそれを証明できるなら、約束しよう」
呂明は満足げに頷き、静かに視線を落とした。
(次の交渉も、慎重に進めなければ……)
青龍幇と西涼堂、そして侠客たち——。
呂明の天秤は、新たな均衡を求めて揺れ始めていた。




