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第二十七話 巴蜀の商機

 華叔は長い白髪を撫でながら、呂明の顔をじっと見つめた。


「お前の言うことは興味深いが、信用には値しない」


 清が腕を組み、冷ややかに付け加える。


「言葉だけなら誰でも言える。証明してもらおうか」


 呂明は静かに頷いた。試されるのは想定内だ。むしろ、ここで信頼を勝ち取るチャンスでもある。


 華叔は机を軽く叩いた。


「西涼堂と交渉しろ」


 室内の空気がぴんと張り詰めた。西涼堂は北方交易を牛耳る商会で、青龍幇とは対立関係にある。彼らと交渉をまとめることは容易ではない。


「うまく取りまとめられれば、お前の話を信用しよう」


 呂明は天秤を心の中で起動した。

 天秤は彼の心の奥底でわずかに振動し、微かな光を放つ。それはまるで、これからの交渉が天秤にかけられようとしていることを告げているかのようだった。

(この交渉の成功確率は——)


 瞬時に脳裏に浮かんだ数値は三割程度。分の悪い賭けだ。しかし、天秤は同時に「取引を成立させる鍵」も示してくれていた。



 翌日、呂明は西涼堂の代表、梁徳と対面した。頑強な体つきの中年男が、鋭い眼光を向ける。


 彼の表情は慎重そのものだったが、その奥にはどこか探るような意図が見え隠れしていた。呂明はあえて何も言わず、相手が話し出すのを待った。



「青龍幇の使者? 何の用だ」


「取引の提案です。北の交易路が封鎖され、塩の供給が不安定になっていると聞きました」


 梁徳は鼻を鳴らした。


「我々には独自のルートがある。貴様らの助けなど不要だ」


 呂明は落ち着いた声で続ける。


「その独自ルートが、あとどれほど持ちますか?」


 梁徳の眉がぴくりと動いた。


「……何が言いたい?」


「天候の変化、山賊の増加。すでに供給は不安定になっているはず。青龍幇と協力すれば、安定した供給路を確保できます」


「信用できん」


 天秤が動いた。

(この交渉の突破口は……)


「では、絹織物を提供しましょう」


「……何?」


「北方の貴族が求める高級絹。青龍幇のルートを通じて、安定した供給を保証できます。対価として、塩の取引を」


 梁徳は沈黙した。目の奥で計算しているのが分かる。


「……悪くない話だ。だが、保証は?」


「青龍幇の名をかけて約束します。もし破られれば、私が責任を取る」


 梁徳の目がわずかに細められた。その表情の変化を見逃さず、呂明は続けた。


「あなた方は輸送網を持っています。しかし、供給元が限られており、独占契約もない。つまり、取引先を増やし、安定供給できるルートを作れば利益が大幅に増す」


 梁徳は腕を組み、少し考え込んだ。彼の脳裏には、商会の供給ルートの現状が浮かんでいた。確かに、北方市場は魅力的だった。しかし、そこには隠れたリスクもある。呂明がそれを見越しているのかどうかを確かめるように、慎重に問いを投げかけた。


「北方への輸送には多くの障害がある。盗賊、関所の賄賂、そして厳しい気候……それをどう解決するつもりか?」


 その問いに対し、呂明は天秤の揺れを感じながら答えた。


「確かに、それらの問題は避けられません。しかし、解決策はあります」


 彼は懐から小さな布包みを取り出し、そっと広げた。中には見事な刺繍が施された絹の切れ端があった。


「これは巴蜀の職人が織り上げた最高級の品です。このような布を扱うことで、北方の貴族に『特別な価値』を提供できる。そして、この価値を保証するのは私たちです」


 梁徳はじっと布を見つめた。その瞬間、天秤がわずかに光り、呂明の脳裏に映像が浮かんだ。北方の市場で、高貴な貴族がこの布を手に取り、満足げに頷く姿——成功の兆し。


 しかし、その光の奥には、わずかに揺らめく影も見えた。梁徳の背後に、黒い影が立っているかのような錯覚。


「……取引は、慎重に進めねばなりませんね」


 呂明はその瞬間、ただ利益を求めるだけではない何かが潜んでいることを悟った。しかし、それを明かすのはまだ早い。


「そうですね、慎重に。しかし、最初の一歩を踏み出さなければ、道は開けません」


 梁徳は静かに頷いた。


「ふむ……良いだろう。その取引、乗ってみようか」




 呂明は青龍幇の元へ戻り、報告した。華叔は目を細めて微笑んだ。


「面白い。お前、なかなかの才覚だな」


 清も渋々ながら頷く。


「確かに、これなら期待できるかもしれん」


 だが、呂明の心の中で、天秤が微かに揺れた。

(この取引には、まだ隠されたリスクがある——)


 次なる試練の足音が、すぐそこまで迫っていた。



 

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