第二十五話 試金石の夜
夜の帳が降りる中、青龍幇の本拠地はなおも賑わいを見せていた。
暗がりに揺れる灯火が、石畳に不規則な影を落としている。低く響く話し声、どこかで鳴る酒器の音、そして鋭い視線。
ここは呂明にとって安全な場所ではない。それは彼自身が最もよく理解していた。
華叔が座したまま、鋭い視線を呂明に向ける。
「……お前さん、本当に清の客人なのか?」
その声音には明確な警戒が滲んでいた。長年、組織を支えてきた者の目は誤魔化せない。
呂明は静かに彼の視線を受け止め、無駄な反論はせず、ただ目の前の茶に口をつけた。苦味が喉を通り抜ける。
「疑われるのも無理はないでしょうね」
呂明は淡々とした口調で言った。
「それでも、私はここで役立てるはずです」
「役立つ、ね……」
華叔は一瞬、目を細めた。
「商人というのは、得てして信用できんものだ。以前、我々は甘言を弄するある商人に裏切られ、兄弟と誓った者たちを何人も失った。二度と、同じ轍は踏まん」
呂明は表情を変えずにその言葉を聞いた。なるほど、これが彼が警戒される理由か。
清が小さく笑い、
「華叔、そんなに睨まなくてもいいじゃないか」
と言葉を挟んだ。
「呂明には利用価値があるかもしれない。面白いと思わないかい?」
呂明は内心で考えた。面白いのは、この状況をどう利用するかだ。
「確かに、面白いかもしれませんね」
呂明はわずかに微笑みながら答えた。
「ただし、私が試されているのと同じように、私もまた試しているのですが」
清は目を輝かせた。
「いいね、その意気だよ。じゃあ、君の価値を見せてもらおうか」
呂明は静かに息を吸い、次の手を考えた。
青龍幇はただの盗賊団ではない。巨大な利権を握る組織であり、彼らの信頼を得ることは、商人としての立場を大きく左右する。しかし、迂闊に踏み込めば呑み込まれる。
「具体的に、私の価値とは?」
清が口元に手を当て、考える素振りを見せた。
「例えば、我々の交易路をより安定させる策は? あるいは、役人への対策?」
「それらは、まず青龍幇が私をどこまで受け入れるかによるでしょう」
呂明は茶を置き、ゆっくりと視線を巡らせた。
「交渉の余地があるなら、私は提案できます」
「交渉、ね……」
華叔は腕を組んだ。
「だが、我々に交渉の席があるかどうか、お前に分かるか?」
「分かりますよ。だからこそ、こうしてここにいるのです」
呂明の答えに、清がまた微笑んだ。
「いいね、君はやはり面白い」
静寂が場を包み、灯火が揺らめいた。呂明は心の中で、自らに問いかける。この駆け引きの先に、果たして何が待つのか。




