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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第一章 孤影、商道を往く
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第二十話 覇者の条件

 市中の高級茶屋。個室の障子が静かに開かれると、そこには嬴政が佇んでいた。ろうそくの灯が揺れ、影が壁に長く伸びている。


「よく来てくれた。そこに座れ、呂明よ」


 嬴政の声音は低く、しかし静かな圧を帯びていた。呂明は一礼し、正面に座る。


「そなたに問いたいことがある」


 嬴政は湯を注ぎながら口を開いた。


「強さとは何か」


 呂明は嬴政の視線を正面から受け止めた。そして、静かに答える。


「強さとは……人の上に立つ者が持つべき、徳の力です」


 嬴政は微かに笑った。


「徳か。呂不韋もよくそう言っていたな。しかし、徳だけで天下を治められると思うか?」


「徳がなければ、人はついてきません。いずれは瓦解するでしょう」


「愚かな理想論だ」


 嬴政の声音が僅かに低くなる。


「私は邯鄲で人質として育った。そこでは、徳も理想も、何の役にも立たなかった。ただ力こそが全てだった」


 呂明は嬴政の目の奥に、一瞬だけ怒りの色が灯るのを見た。


「そなたは何も知らぬ。生まれながらに飢え、死の恐怖に晒されたことはあるか? 信じていた者に裏切られたことは? 何の力もなく、ただ待つことしかできなかった者の気持ちがわかるか?」


 呂明は口を噤んだ。嬴政の言葉には、彼の過去の苦悩が滲んでいた。


「私は理想のために戦っているのではない。私が生き抜いた世界では、強き者が生き、弱き者が淘汰される。それが真理だ」


 嬴政は続けた。


「だからこそ、私は秦を武力で統一する。法をもって民を治める。それが秩序であり、真の強さだ」


「しかし……」


 呂明はなおも食い下がる。


「法が間違っていたら? 王は天下の理を体現する者ではないのですか?」


 嬴政は冷たく笑った。


「天下の理? 誰がそれを決める? そなたか? 呂不韋か?」


「それは……」


「曖昧な理想論では国は治まらぬ。誰かが決めねばならぬのだ。それが私の役目だ」


 嬴政の声音には確信があった。


「私は私の正義を貫く。それが、この国に必要な強さだからだ」


 呂明は静かに嬴政を見つめた。嬴政は理想ではなく、己の経験から世界を見ていた。そして、その世界では力こそが正義だった。


「……では、私も問います」


 嬴政は黙って呂明を見た。


「あなたの考える正しさとは何ですか?」


 嬴政は少しの間、呂明を見据え、そして静かに答えた。


「正義とは、勝者が決めるものだ」


部屋の中に、ただ湯の湯気が静かに立ち昇っていた。



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