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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第一章 孤影、商道を往く
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第十九話 裁きと新たなる時代

 雍の宗廟にて、加冠の儀の厳粛な儀式が始まろうとしていた。

 煌びやかな装飾に彩られた宮殿の中庭には、数多の官僚や大商人、そして高官が集い、未来の秦の行く末を占うかのように、互いに囁き合っていた。しかし、その空気の裏側では、嫪毐反乱の真相が静かに、しかし確実に広がっていた。


 儀式の最中、ひそやかに広まった噂が、集まった者たちの耳に届く。嫪毐は、かつて呂不韋が皇后への策略として送り込んだ下男であったが、彼は反乱を企て、隠し子を秦王につけようとする野望を抱いていた。

 彼は、自らが相国として呂不韋の地位を奪い、秦全土を差配するための野望の象徴であった。

 しかし、あらかじめ備えていた嬴政の配下が迅速に反乱を鎮圧し、嫪毐は拘束され、その一部始終が宮廷内に明るみに出た。


 その後、加冠の儀は何事もなく終了し、嬴政は正式に秦王として戴冠された。

 翌朝、朝議の場が開かれ、宮廷内では嫪毐に対する処分を巡る厳粛な討論が始まった。大広間に集まった重臣たちの中、嬴政は冷静な表情で、側近の李斯に問いかけた。


「秦の法に則り、嫪毐を如何に裁くべきか」


 李斯は一瞬、低い声で答えた。


「車裂きの刑が最も相応しいと存じます」


 その答えに、嬴政はうなずき、嫪毐を引き立て、処罰を宣言しようとした矢先、皇后が朝議の場に突然乗り込んできた。ざわつく臣下たちの中で、嬴政は厳しい眼差しで皇后に問いただす。


「母上、何の用でしょうか?」


皇后は、苦々しい表情を浮かべながらも、静かに答えた。


「あなたが秦王として初めて朝議を行う姿を目に焼きつくておこうと思ってね。かつてあなたと共に歩んだ、あの日々が昨日のように思い出されます。しかし、今はただ、この混沌から民を守るための裁きが必要なのでしょう」


 嬴政は、皇后の顔をじっと見つめながらも、冷徹に返す。


「私の役目は、秦王として公正なる裁きを下すことである。秦は法を以て国を治める法治国家を目指す。例え王族であっても、法を前に不公平があってはならない」


すると、嫪毐が無理やり嬴政の前に引き出され、跪かされた。李斯が、嫪毐に対する反乱の罪状を、厳格な口調で述べ始めた。嫪毐は、屈辱に満ちた表情で、嬴政に向かって悪態をついた。


「我が、王族に生まれただけの小僧と? もし、私が本物の王族に生まれていたならば、秦をより良く治めることができたとは。言うではないか!」


 嬴政はその発言に憤りを覚え、冷静な声で問い返した。


「嫪毐よ、強さとは何か。答えよ」


 嫪毐は、鼻先を上げ、挑戦するように答えた。


「強さとは、家系だ。血筋こそが、真の権勢を決するのだ。私にはお前にも引けを取らない物を手に入れた。いつかお前を……」


 その瞬間、呂不韋が静かに立ち上がり、嫪毐の口元へ剣を振り下ろした。剣が一文字に切り裂くと同時に、呂不韋は厳粛な口調で忠告した。


「気の触れた者の言葉に耳を傾けてはならぬ。権力とは、感情や血筋だけでなく、己の正しさを証明する力である」


嬴政は、皇后の顔を見つめながら、冷たく断固とした口調で通達した。


「嫪毐は、車裂きの刑に処す。加えて、嫪毐の血族も『全て』洗い出せ。これにより、我が国の秩序を守るのだ」


李斯は、皇后をちらりと見ながら、低い声で「御意」と答えた。


――加冠の儀と嫪毐への裁きは、秦国の新たな秩序の幕開けを告げるかのように、国民の間でも話題になった。だが、その裏側では、嫪毐反乱の顛末と、我が権勢の失墜が、秦全土に暗い影を落としていた。


後日、密室の一角において、嬴政と呂不韋が二人きりで会談を行った。室内は薄暗く、窓から差し込む月明かりが、書斎の古びた壁に影を落としていた。


嬴政は、静かに呂不韋に語りかけた。


「丞相、あなたの功績は秦の繁栄を支えてきた。しかし、嫪毐の反乱に、あなたが関わっていることも は見過ごせない。これまでの功績も考慮し、あなたは相国の職を辞し、河南の封地へと退いてもらいたい。私自身、この国の未来を守るため、正しい秩序を築く責任があるのだ。今や我々は新たな時代の中にいる。」


 呂不韋は、重い瞳を嬴政に向け、静かに答えた。


「嬴政、いや、大王。私があなたに授けた知恵と、民の信頼を得るために費やした年月を、どうか忘れないで頂きたい。嫪毐の件は、私の手に余ったのだ。私もまた、失脚という苦い結末を迎える。しかし、私の望みは、秦国が正しさを証明し、未来を切り拓くことにある。あなたの意向を呑むかわりに、一つだけ願いを聞いてほしい。私が築いた全てのものを、呂明に託すことを許してほしい。彼こそが、秦国と大王を導く灯火となるであろう」


 嬴政は、呂不韋の言葉に厳かにうなずくと、深い憂いとともに告げた。


「了解した。あなたの遺志は、必ず我が国の未来の礎となる。呂明には、あなたの教えと共に、正しき秩序を守る力を身につけさせるよう、万全を期す」


 その時、呂不韋は、かつて皇后と情愛を交わした日々を思い起こしながら、微かに苦々しい表情を浮かべた。彼は、過去の情愛がもたらした栄光と悲哀を、胸に深く刻みつけながら、最後の覚悟を固めた。


「私の時代は、これにて終わる。しかし、これが新たなる時代の幕開けである。明、どうか、私の遺志をしっかりと守り、未来を切り拓け」


書斎の窓から、月明かりが古びた壁に淡く映り、夜風が静かに廊下を撫でる中、嬴政の堅い決意と、呂不韋の苦悩と希望が、未来への大いなる誓いとして刻まれた。


数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


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