表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第一章 孤影、商道を往く
14/85

第十四話 陰謀の始動――呂不韋失脚への前兆と国益の重み

 市場は朝靄の中で、いつも以上に重い空気に包まれていた。露店の掛け声や商人たちの激しい議論が、ただの取引を超えて、国の運命すら左右しうる力の行方を暗示しているようだった。

 

 昨夜、呂明は密かに耳にした噂――嫪毐事件を巡る陰謀の影――が、今朝の市場のざわめきに混じっているのを感じ取っていた。


 嫪毐が王太后の寵愛を受け、日に日に権力を強めているという話はすでに広まっていた。

 しかし、それだけではない。彼は独自に軍を抱え、まるで一国の主のように振る舞い始めているというのだ。さらに、嫪毐の勢力拡大を裏で支えているのが呂不韋であるという噂が、官僚たちの間でささやかれていた。


 露店の奥にある一室。そこでは、数名の官僚と大商人たちが低い声で密談していた。部屋内は、古びた木造の梁から漂う茶の香りと、燭台の淡い明かりに照らされ、静かでありながらも緊迫した空気が支配していた。


「呂不韋の勢いは、単なる商才を超え、政界にまで深く介入しておる。その影響力が、この国の秩序を揺るがしかねぬと、我々は憂慮せざるを得ぬ」


 ひとりの官僚が、冷静ながらも決然と口を開く。


 さらに、別の官僚が、低く計算された声で続けた。


「嬴政も、そろそろ動き出している。王家の血統を持つ者として、この国の隅々まで把握せねばならぬ。しかし、呂不韋が独走すれば、我々既得権益は脅かされる。嫪毐の影が呂不韋の背後にある限り、秦の未来は乱れる」


 その場の空気は、一瞬、凍りつくかのように静まり返った。商人たちの顔には、これまで慣れ親しんできた取引の風景が、急に不穏な影を落としたかのような、冷たい恐怖が浮かんでいた。


 一方、その夜、書斎の静けさの中、呂明は父のもとに呼ばれた。燭台の火が古びた書物や玉飾りに柔らかく反射する中、呂不韋は深い眼差しで呂明を見つめ、静かに口を開いた。


「明、今日お前が見たものは、ただの取引ではなかった。市場は、民の心と、国の運命を映し出す鏡だ。しかし、そこに潜むのは、我々が望む正道とは程遠い、権力者たちの陰謀だ」


 呂不韋は、一瞬言葉を止め、遠い目をして語り続けた。


「嬴政は、我が国を統べるため、全土を把握しようとしている。そのために、私が築いてきた力に挑戦するかのように動いている。私自身、秦の丞相として、金銭と時間を惜しまず、この国の秩序と国益を守るために努力してきた。政治とは、単に権力を振るうのではなく、民を安定させ、国の未来を左右する知恵と覚悟の結晶である」


 呂明は、父の熱い語りに心を打たれながらも、内心の不安を隠せなかった。父が築き上げてきたものを失うのではないか。そして、今まで信じてきたものが、音を立てて崩れていくような、そんな恐怖も感じていた。


「父上……俺は、ただの商人の子として育ってきた。しかし、今、俺は、民の声と権力の影が交錯するこの市場で、何を成すべきなのか、その答えが分からなくなっている」


 呂不韋は、厳かに呂明の瞳を見据え、柔らかいが重い口調で答えた。


「明、商いは単なる物の売買ではない。正しい商いは、民の信頼を得、国の未来を築く礎となる。しかし、現実は、権力の陰謀に満ち、時に正道をも狂わせる。嬴政のような者は、我々の秩序を打破し、新たな時代を切り拓こうとする。しかし、その道は、我々が信ずべき正義とは異なる。お前は、これから己の力で、その狭間に立ち、正しい商いを貫き、国の運命をも左右する存在となる覚悟を持たねばならぬ」


 呂明は、父の言葉に心を痛め、そして深く考え込んだ。窓の外からは、夜風が静かに吹き込み、燭台の火がゆらゆらと揺れている。

 その揺れる炎の先には、ただの商人としての未来だけではなく、父の志を継ぎ、国全体の命運に関わる重い責任が待っていることを、彼は痛感していた。


「俺は、ただ流されるだけの者ではない。父上が費やしてきた金と時間、そして国益を守るための覚悟を、この市場で学び、必ずや自分の道を切り拓いてみせる」


 呂明の声は、静かにしかし確固たる決意を帯び、書斎の静寂に溶け込んでいった。


 その夜、呂明は自らの胸に、民の声と権力の駆け引きのすべてを刻みつけ、これからの試練に対する覚悟をさらに深めた。そして、ただの商いの世界を超え、国の未来すらも左右する大いなる力となるための第一歩を、固く誓ったのだった。



数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


気が向きましたらブックマークやイイネをお願いします。

また気に入ってくださいましたらこの後書きの下部にある⭐︎5の高評価を宜しくお願い致します。


執筆のモチベーションが大いに高まります!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ