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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第八章 黎明渡世編
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第百二十八話 静かなる謀

 夜の港は、昼の喧噪が嘘のように静まり返っていた。波が杭を叩く音と、繋がれた船の軋む声だけが闇を揺らしている。

 呂明は港の端に立ち、手にした提灯の切れ端をじっと見つめていた。あの夜、切り裂かれた紙の破片。水に流したはずの残りを、彼はわざわざ拾い戻してきたのだ。


「……影は形を持ち始めている」


 呟いたとき、背後から足音が近づいてきた。


「提灯ひとつに、よくそこまで考えるものだ」


 声の主は若者だった。灯火に浮かび上がったのは、甘家の若き一員――甘尚。父や叔父に比べて線は細いが、瞳の奥には鋭い光が宿っている。


「これは驚いた。甘家のご子息が、こんな夜更けに」

 呂明が探るように目を細めると、甘尚は小さく笑った。


「貴殿の商売には、興味がある」


「商売、か」


「ただの灯ではない。人を集め、心を結ぶ道具だ。祭りに浮かぶ提灯は、美であり、力だ」


 呂明はその言葉に僅かに眉を動かす。目の前の青年がただの夢想家でないことを、すぐに察した。


「力、とは物騒な」


「現実を見よ。楚の港は古い仕組みに縛られている。甘家の名も、税の仕組みも、人心も。変わらねば、この流れは淀む」


「ほう。変えると言うのか」


「私は夢を語る気はない。ただ、計算をしているだけだ」


 甘尚の声は冷静だった。熱はあるが、それを燃え上がらせるのではなく、鋭く削ぎ落として刃と化している。


「人を集める術は、金にも兵にも勝る時がある。貴殿はそれを証明した」


「俺はただ、商いをしているだけだ」


「商いを甘く見るな。利を操る者は、人をも操る。……利と志が交わるところに、新しい秩序が生まれる」


 呂明は黙した。しばしの間、波音だけが二人の間を埋める。

 やがて、彼は提灯の切れ端を夜風に掲げ、口を開いた。


「俺は人の志に肩入れはせぬ。ただ、利の流れを読むだけだ」


「ならば利で語ろう。――港を抑えるのは、誰のためか?」


 甘尚の声が鋭く突き刺さる。


 呂明は笑みを浮かべ、応じた。


「答えは一つじゃない。だから面白い」


 二人の視線が交錯する。互いに完全には信用せず、だが利用できると直感していた。


「……ならば、しばらく様子を見よう」


 甘尚がそう言って踵を返す。その背は若さに似つかわしくなく、重い決意を背負っているように見えた。


 その姿を見送りながら、呂明はふと気配を感じた。闇の奥、揺れる影。


 誰かがこちらを窺っている。

 ――保守派の目か。あるいは、港の荒くれどもか。


 呂明は手にした提灯の破片を握りしめ、低く呟いた。


「火種は……もう撒かれたな」


 港に冷たい風が吹き抜けた。夜の帳の中で、静かな謀が芽を出し始めていた。


数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


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