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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第八章 黎明渡世編
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第百二十七話 囁きの火種

 黄県の港町は、水神灯会祭から数日が経ってもなお熱気を残していた。通りには余った提灯が吊るされ、夜ごと人々が残光を惜しむように歩き回る。

 露店の呼び込み、子どもらの笑い声、遠く船を繋ぐ縄の軋む音――かつて静かだった港は、今や昼夜を問わず人で賑わう街に変わりつつあった。


「見ろ、あの路地の明かりを。港から離れたところでも市が開かれている」


 蔡邑が呟くと、隣を歩く呂明は淡く笑った。


「光は人を呼ぶ。だが、集まるのは人ばかりじゃない」


 その言葉に、蔡邑はふと眉を寄せる。繁栄の裏に潜む影を、呂明が見据えているのだと悟ったからだ。




 その頃、甘家の屋敷では空気が重く沈んでいた。帳簿を叩きつけた甘延の額には深い皺が刻まれている。


「税の取りこぼしが増えておる。港湾労働者も夜市に吸われ、昼間の作業が滞る……これは何だ」


 茶頭が恐る恐る答える。


「人々は提灯市に夢中で、港の労役を軽んじております。若い衆の中には『新しいやり方のほうが楽で儲かる』などと口にする者も……」


 その言葉に甘延の目が光った。


「新しいやり方、だと?……」


 だが、甥の甘尚が一歩前へ出た。若いその声は、どこか熱を帯びている。


「叔父上。民が楽しみ、金が回るならば悪いことではありません。港を縛るだけでは時代に取り残されましょう」


 一瞬、室内の空気が凍りついた。保守を旨とする甘延に、真っ向から意見を唱える若者。その存在は家中にくすぶる不満の火種を象徴しているかのようだった。


 甘延は甥を射抜くように見据え、低く呟いた。


「口先だけで世を動かせると思うな。すべて調べろ。港の外で、勝手に港を作らせるな」




 一方、呂明のもとには厳勝が顔を曇らせて訪れていた。


「昨夜、提灯が切り裂かれた。偶然ではない。見張りも、妙に多い」


 呂明は静かに頷き、切れ端を手に取った。紙の裂け目から漏れるわずかな風を感じる。


「影は一つじゃない。重なれば濃くなる。しかも、必ずしも一つの主を持たぬ」


 蔡邑が口を挟む。


「甘家だけでなく、港湾労働者の間にも不満がある。『よそ者が荒らす』『賃金が下がる』と囁く声を聞いた」


 厳勝も重々しく続ける。


「中には、甘家の保守派に寄り添い、彼らに密告する者もいるだろう」


 呂明は裂けた提灯をそっと水桶に浮かべ、流していった。水面に揺れる残骸は、やがて灯りの残像を残しながら沈んでいく。


「光を灯せば、必ず影ができる。だが影もまた、誰かの思惑を映す鏡だ。火種はすでに撒かれた。……さて、誰が最初に吹きかけるか」


 港のざわめきはいつも通りに響いていた。だが、その下に潜む囁きは、確かに火を孕み始めていた。


数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


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