第百二十五話 光の影
水神灯会祭から数日後。
港町・黄県は、かつてない熱気に包まれていた。
夜になると、通りや路地に提灯の灯がともり、昼のように明るい。
祭りで見た華やかな景色が忘れられず、民は日が沈んでも外に出て買い物や飲食を楽しむ。
港の商人たちは売上の伸びに目を丸くし、交易会の名は町中に広まっていた。
「……祭りは成功だな」
蔡邑が夜市を見渡しながら、満足そうに言った。
呂明は頷き、隣の厳勝と視線を交わす。
「人は一度灯りの下で賑わう味を知れば、もう暗闇には戻れない」
「だが、灯の明かりは遠くからも目立つ。余計な者の目も、な」
その「余計な者」が現れたのは、その翌日だった。
港の大路を、豪奢な馬車が進む。
甘家の当主・甘延が、茶頭と呼ばれる港湾管理人を伴って視察に来たのだ。
祭りで掲げられた甘家の看板は、町中でまだ目立っている。
「見事な催しだった。港の名も高まった」
甘延は一応の称賛を口にするが、その瞳は笑っていなかった。
茶頭が一歩進み出て報告する。
「当主、倉庫街の裏路地で、あの灯会以来、夜市が続いております」
「ほう……港湾の権限外で、勝手に賑わいを?」
甘延は眉をひそめた。
「このまま放置してよいものか。港の秩序は崩れやすい」
一方その裏で、提灯や祭具の需要は急増していた。
臨淄で作られた改良型提灯が、港を経由して各地に広まり始めている。
蔡邑は呂明に耳打ちする。
「港の流通は茶と塩だけじゃなくなってきた。これは大きいぞ」
「流れを止められなければ、港は甘家だけのものじゃなくなる」
しかし、甘家も黙ってはいなかった。
屋敷で開かれた会議では、若手が「交易会と手を組むべきだ」と進言し、古参が「外の者に港を荒らされる」と反発する。
甘延は沈思し、やがて低く言い放った。
「表向きは協力だ。だが裏で、その影響力を測れ」
その頃、厳勝のもとに密告が届く。
「交易会に反感を持つ港湾労働者が集まりを開いている」と。
内容を聞いた呂明は、静かに息をついた。
「……光を灯せば、必ず影ができる。さて、この影をどう使うか」
港の夜は、今日も明るかった。
だが、その光の外側で、影はゆっくりと形を成しつつあった。
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