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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第八章 黎明渡世編
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第百二十二話 灯と影

 黄県の裏路地に、ぽつぽつと灯がともった。

 小さな紙の灯籠──提灯だ。臨淄で人気を博したそれを、呂明は楚の湿った夜気の中に持ち込んだ。


「……やっぱり、こっちの夜は真っ暗だな」

 陳平が提灯を掲げ、湿った石畳を照らす。足元に映る影すら柔らかい。


 路地の隅で、蔡邑が湯気を立てる鍋を覗き込み、香草と魚を煮込む汁物を売っていた。

 昼間の港は役人や茶商の目が光るが、裏路地の夜は彼らの手が届きにくい。

 それを厳勝も分かっていて、表向きは関知しない体で呂明たちを泳がせている。


 初日は物珍しさから人通りはまばらだったが、子供が提灯を手に走り回るうちに、次第に人が集まり始めた。

 灯りの輪の中で、小さな露店が並び、焼き菓子や果物、安価な日用品が売れていく。


「おお……あの“飴細工”、面白いぞ」

「こっちの“香草湯”も身体が温まる」


 楚の人々は好奇心を隠しきれず、次第に財布の紐を緩めていった。




 三日目の夜。

 夜市の噂は港の商館にまで届いていた。普段裏路地など足を踏み入れぬ若い書生や、暇を持て余した商家の息子娘までもが訪れるようになる。

 だが、それは同時に──余計な目を引くことを意味していた。


「……お前らが“灯”を売ってるのか」

 提灯の灯りに照らされた路地の入口に、恰幅の良い男が立っていた。

 港湾の倉庫を仕切る茶頭だ。背後には屈強な手下が二人、腕を組んでいる。


「この港の商いは、すべて甘氏の許可がいる。灯籠も商いだ。勝手にやるな」


 呂明は一歩前に出て、柔らかな笑みを浮かべた。

「これは夜市の催し物でして、商売というより……文化の灯火です」


 茶頭は鼻で笑う。

「言葉遊びか。まあいい、だが派手にやるな。覚えておけ」

 吐き捨てるように言い残し、闇に消えていった。




 その夜、厳勝がひそかに呂明のもとを訪れた。

「……甘氏は港を握って久しい。あれは警告だ。次は潰しに来る」


 呂明は湯気立つ茶をすすり、淡々と答えた。

「分かっています。ですが、長く続けるつもりはありません」


「では何を狙っている」


「人々に“灯り”を知ってもらう。それだけで十分です。

 港を通らずとも、街中で灯を求める流れができれば……商いは自然と広がります」


 厳勝は一瞬、呂明を見つめ、そして深いため息をついた。

「……本当に、よそ者は厄介だ」




 それから数日、夜市はますます賑わいを見せた。

 提灯の光は楚の夜を彩り、人々は暗闇の不便を忘れ、灯のある時間を楽しむようになっていた。

 陳平は屋台の売り上げ帳を見ながら言う。

「この勢いなら、やがて港の商人も提灯を求めるさ」


 だがその裏で──。


 港の一角、茶頭は薄暗い座敷で酒をあおりながら、黒衣の男と向かい合っていた。

「よそ者を潰すなら、派手にやれ。甘氏はそう言っている」

 黒衣の男は口元だけで笑い、静かに頷いた。


 夜市に灯る光の外側で、闇が音もなく動き始めていた。


数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


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