表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第八章 黎明渡世編
124/143

第百二十話 灯をともす

 斉の臨淄、連衡商会の屋敷の一室に、淡い灯がともっていた。呂明の前に座すのは、連衡商会筆頭の東門周である。大柄な体躯に、かすれた声。その目は夜でもよく見えているかのように、呂明の動きをじっと観察していた。


「貴公の取引、見事だった。だが、うちの若いのが出し抜かれたままでは、示しがつかん」


 東門周が目線で合図すると、背後の戸が開き、陳平が現れる。少年とも青年ともつかぬ年頃だが、その目に浮かぶのは挑発的な光だった。


「一勝一敗。最後は私と一局、どうです?」


 呂明は小さく息を吐いた。東門周は、陳平を通じて呂明の器を見極めようとしている。そして、ここで勝っても負けても、何かが動く。


「望むところです。ただし——」


 呂明は懐から小さな紙包みを取り出す。それをそっと卓上に置き、開いた。


 中には、和紙に包まれたろうの塊があった。


「蝋燭か?」


「いえ、これは夜を照らす道具の試作です。提灯に使える新しい燃料を仕入れました。これを用いれば、風に強く、火持ちもよくなる。今の斉には、こういうものこそが必要では?」


 提灯——。


 その言葉に、陳平の表情が変わった。夜道を行く人々、兵の警邏、商人の深夜の出入り。どれも光が不可欠だ。だが、油は高く、風に弱い。蝋を用いた提灯など見たことがない。


「なるほど、それをどう売るつもりです?」


「売る前に、夜市で使ってもらいます。街の灯がひとつ、またひとつ増えれば、人の足は自然とそこに向く。人が集まれば商いが生まれ、商いがあれば安全も求められる。これは、商いで町をつくる第一歩です」


 東門周が低く笑った。


「面白い……連衡の名を使ってもいい。だが、そのかわり——この若造を納得させてみろ。お前の灯が、ただの蜃気楼か、真の商機か」


「承知しました」


 陳平と呂明の視線が、卓上で交錯した。


 その夜、臨淄の裏通りに、小さな夜市が立った。呂明と連衡商会が試みに点した提灯は、風にも消えず、静かに夜を照らした。


 その光の下で、子どもが飴をねだり、女たちが布を撫で、兵が腰を下ろして酒を飲んでいた。人が灯に集まってくる。まるでそこに、希望という名の焔がともされたかのようだった。


 陳平は、少しだけ目を細めた。


「……負け、ですね。こんな商売、初めて見ました」


「これからも、もっと見せますよ」


 呂明は小さく笑った。その目の奥には、斉を出る準備と、次なる地への旅路が映っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ