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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第七章 風信難報編
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第百十話 密やかな旅路

暑い日が続いていますが、皆様も体調に気をつけてください。夏バテ厄介です。

 夜の童庵に、鈍く鉄の車輪が響いた。

 郭開の追手を避けるため、呂明は出発の時刻を月の出に合わせていた。闇に紛れ、ひとつの隊列が北門からひそやかに出ていく。


「北の市場へ、医薬と干肉を運ぶ定期の商隊と申しております」


 門番に渡された文書を手に、検問役が頷いた。

 背後の車に揺られているのは、いくつもの木箱と、その中にひとりの若者。


「……趙嘉さま。体勢を低く保ってください」


 張が布をかぶせた上から静かに声をかけた。

 呂明が振り返ることはない。ただ、商隊の先頭に立ち、沈黙の中に意志を貫いていた。


 


 趙王宮――西殿。


「……趙嘉が姿を消した?」


 悼倡后の顔に怒気が浮かぶ。


「呂明と繋がっていたようです。童庵に残された帳簿は焼かれ、数人の女童が自ら責任を被って拷問に耐えたとのこと」


 郭開の声音は冷静だが、目の奥には不快がにじんでいた。


 王が未だ昏睡のままの今、正太子の座を追われた趙嘉が密かに北へ逃れたとあれば、政の正統性に疑念が生まれる。


「……民の支持が、李牧や趙嘉の背後にあるのは事実。だがそれを武に託すことは許されぬ。正道は、我らが握っている」


 悼倡后は静かに指を組み直し、郭開に目配せする。


「追わせなさい。ただし……殺してはならぬ。“王弟の失踪”として、悲劇に仕立て直します」


「承知」


 


 夜、邯鄲を発つ馬がもう一頭。


 呂明の屋敷を訪れていたひとりの童庵女が、秦へ向けて密かに早馬を放った。


 


 秦国・咸陽宮。政庁。


「……趙、悼襄王危篤。趙嘉失踪。李牧、北へ退くとの布告」


 報告書を読み上げた者の背後で、李斯が静かに目を伏せた。


「……呂明か。彼が趙の政変を我らに報せるとは」


「利害を計ってのことだろう」


 嬴政は言い捨てるように言いながらも、手にした巻物をじっと見据えた。

 宰相の耳元で李斯が囁く。


「童庵という商圏は、趙の王命にも民の信にも通じております。今、彼の“信”がどちらを向いているか……量る価値がございます」


「面白い男だ。……商いの顔をして、戦を見抜く」

 政はそう言って立ち上がった。


 


 一方、隊列を率いて北へ向かう呂明は、風に揺れる梢を見上げた。


「趙嘉さまは、ただ“逃げる”だけではない。これは、新たな“地”への道を拓く旅です」

 そう言う張に、呂明は頷いた。


「李牧が“剣”ならば、趙嘉は“血”だ。国を繋ぐ“血”を守らねば、剣も立たぬ」


 行き先は「代」。

 いずれ童庵の支部が置かれ、戦の備えとなる地。

 呂明は地図を開き、風を読むように瞳を細めた。


「“風”はまだ止んでいない。“信”の行く先は、俺が決める」


 


 商隊の後ろで、野犬がひと声吠えた。

 闇の中、商人たちが沈黙のまま進む旅路の先に――“代”の地が待っていた。

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