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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第七章 風信難報編
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第百九話 風に耐えて

 趙北辺──匈奴と趙の境の地。


 深い山に囲まれた砦に、男の影があった。


 李牧。

 邯鄲の誇り、百戦百勝の名将。

 だが今、彼は逆賊の汚名を着せられ、追われる身となっている。


「……ここは、かつて匈奴と戦うための最前線だった場所ですね」


 阿述が呟く。背後にはわずかに残った兵たちが、寒気のなか焚き火を囲んでいる。


「王命を受けた将が、戦に勝ち、民を守り……そして罰せられる。これが趙という国か」


 李牧は答えなかった。ただ、山の風に揺れる木々を見上げていた。


 ――悼襄王の倒伏。

 ――郭開と悼倡后の詔偽造。

 ――幽繆王の擁立。

 ――そして「李牧を蟄居せよ」という新王の命。


 すべては、風のように一夜で変わった。


「太子趙嘉は……どうなったのか……」


 阿述が口にした疑問に、李牧は目を伏せる。


「……あの方は、おそらく邯鄲を離れた。我が戻らぬと知れば、無謀に出るはずもあるまい」


 そう語りながら、李牧は“あえて趙嘉と行動を共にせず、自らが囮となる道を選んだ”ことを思い出していた。


(今、交われば“謀反”とされる。太子の未来まで潰すわけにはいかぬ)


 風が唸る。

 彼の纏う外套が、その風を裂いた。


「李牧様……このままでは、民が……趙が……」


「風に、耐える。逆風のときこそ、信が問われる」


 李牧の言葉に、阿述は言葉を失った。


 その背は、敗将ではなかった。

 趙のために剣をとる“武”でもなく、

 民のために黙して耐える、“仁”の姿だった。


──


 一方そのころ──邯鄲郊外。童庵屋敷。


 呂明は文机に向かい、一通の書を封じていた。


 宛先には──「秦国・李斯」の名。


「……これが、商いの中立というものか」


 そう呟きながら、巻物を渡した。


「風が、傾きかけております」


 隣で張が不安げに口にした。


「いや、見ていろ。“信”という重しが、風を支えることもある」


 呂明は立ち上がった。

 彼の視線の先には、邯鄲の空──そして、その先にいる李牧の姿があった。


──


 その頃、童庵の奥。

 密かに匿われた趙嘉は、書物を手にしながら、静かに問いかけていた。


「李牧殿……あなたは、まだ……“戦うこと”を諦めておられぬのですね」


 彼の声は誰にも届かない。

 だが、胸の奥には確かな火が灯っていた。

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