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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第七章 風信難報編
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第百八話 裂かれし道

 夜の童庵。月光が瓦屋根を照らし、張が手にした提灯の灯が、呂明の顔をぼんやりと浮かび上がらせていた。


「……趙嘉さま、こちらへ」


 人目を避けるように、肩をすぼめて入ってきたのは、王子・趙嘉。顔に疲労と焦燥が刻まれている。


「呂明……なぜ、お前は私を匿う?」


 問いかけに、呂明は静かに巻物を広げた。そこには、李牧の軍と補給線、そして郭開と悼倡后の影が交錯する場所が印されていた。


「あなたが逃げれば、“正義”が逃げたと囁かれる。残れば、命が消される。“裂かれた道”の中で、私はあなたにもう一つの道を示すためにここにいます」


 趙嘉は目を伏せた。


「……父は、正道を忘れた。王印が偽造され、国が私を捨てたのだとすれば、私は、何を信じればいい?」


「信とは、義ではなく、理。命が続き、志が途切れなければ、“信”は立ち上がる」


 呂明の声は静かだった。だが、確かに何かを背負う者の声だった。


「……北へ向かう。あなたを守れる民が、まだいるはずだ」


 張が外の警戒を強める中、呂明は文を一通、手にした。


「李斯殿へ宛てた報です。悼襄王危篤、趙国内政変。私が趙嘉殿を“商人の判断”で保護したことも記してある。商いの理を通すには、中立こそが道――そう、秦王にも伝わるはずです」


「……秦へ伝えるのか」


「この国を生かすためには、すべての風向きを読む必要がある。今は、逆風の中だ。だが、“風”が吹いているうちは――」


「……前に進める、か」


 趙嘉が、わずかに微笑を見せた。その目に、滅びの色はまだなかった。



 邯鄲・王宮。悼襄王の寝所。


 幽繆が、宦官に手を引かれ、太子としての衣を身にまとっていた。王印を手にした悼倡后と郭開が、その様子を満足げに見つめる。


「民は“印”を見る。“誰が正しいか”ではなく、“誰が印を持つか”で動くのだ」


 郭開が囁く。


 その陰で、邯鄲を出る黒い影があった。数騎の馬。荷駄。細道を抜け、北へ向かっていた。


 誰も、まだその行く末を知らない。だが、歴史が裂ける音だけが、確かに夜風に混じっていた。


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