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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第六章 越境商人編
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第九十八話 届かぬはずの兵糧

 西涼の山稜を越える風は鋭く、空気はぴんと張り詰めていた。

 岩肌の下、かつての砦跡を拠点とした仮設陣に、兵たちの怒号が飛び交っている。


 ――届くはずのない兵糧が、届いた。


 袋に詰められた粟と塩、干し肉、干し菜――いずれも秦で一般的に流通している印のある物資だった。だが、それがどこをどう通ったのか、誰一人説明できなかった。


「……漢中の商団は、途中で官憲に差し止められたはずだ」

 咸陽からの報告を手にした王綰は、冷ややかな声を漏らす。

「洛陽の経由品も、途中で検問を通過できずに足止めされたと聞いている」


 管子のもとにも、同様の報が届いていた。洛陽の私邸で文を読み終えた彼は、ふ、と仮面の下で笑った。


「なるほど……彼は“あの道”を使ったか」


 それ以上は何も言わなかった。ただ、脇に控えていた部下に一言だけ告げる。


「“針の穴”は、刺せば血が出る。塞ぐには、かなりの手間がいる。咸陽は――焦れるだろうな」


 その頃、韓の都・新鄭でも、密かな波紋が広がっていた。

 張良は手元の書簡を読み終え、静かに目を伏せる。


「……あえて、伏せていたというのか。呂明殿」


 手紙には一切、具体的な輸送経路の記述はなかった。ただ、「あらかじめ仕掛けたみちがある」とだけ綴られていた。

 だが、韓の地理と呂明の足跡を知る張良には、薄くその輪郭が見え始めていた。


 いったいどこから運んだのか。誰の手を借りて――。

 西涼で歓声を上げる兵たちとは裏腹に、咸陽の朝廷では、激震が走っていた。


「抜け道など、あの地にあったか……?」


 王綰は玉座の間で、険しい顔をして地図を睨みつけていた。

 官吏たちは言葉を失い、誰も正確な経路を報告できない。


 ただ一つ、確かなのは――

 兵糧は届いた。間違いなく、西涼の守備兵たちのもとに。


 そして、その知らせは、鄴の呂明のもとにも届いていた。


「無事に届いたようです」


 家臣の報に、呂明は静かに頷いた。

 手元には一通の封筒。未開封のまま、机に置かれている。


「まだ開けるな。それは“後”のためにある」


 呂明は窓の外、遠く霞む西の空を見やった。

 誰も知らぬもう一つの道――それこそが、本命だった。


 だが、その真実が明かされるのは、まだ少し先のことである。



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