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神商天秤 〜黄金の秤を継ぐ者〜  作者: エピファネス
第六章 越境商人編
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第九十七話 砂上の道

 漢中――。


 春の名残がかすかに残る街路を、重々しい荷車の列が進んでいた。

 黄土色の幌に覆われた荷は、どれもこれも兵糧。乾燥した麦、粟、干し肉、塩、そして油。民の命を支える糧が、数百の荷駄に積まれていた。


 その先頭を歩く男は、張だった。


 白髪混じりの髷に、実直な目元。かつて呂明の祖父に仕え、今は呂家の家宰として漢中を預かる男。

 その歩に迷いはなく、だが心には、重みがあった。


(堂々と、兵糧を運べ……それが、あのお方の意図)


 呂明から届いた文は、簡素なものであった。

 兵糧を西涼へ送れ。陽動にせよ何にせよ、一切は語られていなかったが、張には理解できた。


(本命ではない……ゆえに、目立て。目立ち、騒ぎ、秦の目を引け――)


 張は口を引き結び、荷車を見やった。

 堂々と兵を配し、旗を掲げ、経路も隠さぬ。官道を外れず、敢えて人目のつく宿場で休む。

 まさに、見せつける行軍だった。


「張殿、前方に秦の関がございます。通告は?」


 従者の報に、張は静かに頷いた。


「書状は出してある。通れぬはずがない」


 声には自信があるが、その裏には、張なりの覚悟があった。


(いざとなれば、ここで斬られる覚悟もしてある……)


 商隊は緩やかな坂を下り、関所へと近づいていった。

 秦兵が数人、関門の前に並ぶ。その背後にあるのは、鉄で囲われた帳幕と、監視台――物々しい警戒だった。


 張が馬を降り、書状を差し出す。秦兵がそれを受け取り、奥の将に渡す。


 数刻の沈黙。


 その間、風が砂を運び、頬に吹き付ける。

 張は表情を動かさず、ただ静かに、空を見ていた。


(この風の向こうに、西涼がある。李牧がいる。呂明様の道が――)


「通れ」


 秦の将が短く言った。


 兵糧商隊が、再び動き出す。

 その背には、秦兵の視線が突き刺さるように注がれていた。



 一方、関所近くの崖上。

 数人の騎馬が、荷車の列を見下ろしていた。


「随分と目立つ動きだな……まるで見せ物だ」


 若い監察官が鼻で笑う。

 その隣にいた、年嵩の者が目を細めた。


「この時期に、西涼へ兵糧……不自然だ。何かある」


「囮じゃないか? 見せかけだけの」


「だとしても、無視はできまい」


 監察官は口元を歪めた。


「斥候を三手。道筋を追わせろ。もし“裏”があるなら、それを炙り出す」



 その夜、張は焚き火を囲んでいた。


 兵たちは粥を啜り、荷車の側でまどろんでいる。

 張は火を見つめたまま、ふと懐から文を取り出した。


 もう何度読んだかわからない、呂明からの文。

 そこに記されていたのは、ただ一言。


《届けよ。命を。明日を。》


(……お若い。あのお方は、若く、そして真っ直ぐすぎる。だが――)


「それでこそ、道となる」


 張は火に文をかざすと、そっと焚べた。

 炎が文を飲み込み、文字は灰に変わる。


 空を見上げると、東の空に、小さな狼煙が上がっていた。


「……動いたか。さて――どう出る」


 張はゆっくりと立ち上がった。


 その背に、砂漠の風が吹きつけていた。


数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


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