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手術作戦




血統鑑定官たちと出くわしたアッシュとロビン。

二人は、とりあえず宿を見つけて転がり込んだ。


決して感じの良い宿ではない。

古色もなく、ただ不快に古びている。

ボロボロで荒れ果てていた。


セプディッチの中心街にあったが、まるで廃屋だ。

壁は、染みだらけ、床は、ギイギイと音を立てている。


「へへっ。

 かわいいなあ、坊主。」


廊下で気安い男が通りすがりのアッシュに声をかけて来た。


同じ宿の客だろう。

アッシュは、それほど驚く様子もない。

そのまま無視して通り過ぎようとした。


「んんっ。」


不意に男の腕が遠慮なくアッシュに伸びる。

なれなれしく彼の身体を触りたくった。

その上、身体を寄せ、言い寄ってくる。


「へへっ。

 何も言わなくても分かるぜ。

 お前、こっちが好きなんだろ?」


「ふん…!」


一瞬の隙を逃さずアッシュは、男を殴り倒した。


「うっ!?」


男は、廊下の壁まで吹っ飛んで倒れた。

そして倒れたまま呻き声一つない。


見事なものだ。

狩人の怪力とは、獣に匹敵するのだ。


「糞野郎。」


そのままアッシュは、男を残して立ち去る。

自分の部屋に戻るために。


「…ちょっと出てくる。」


アッシュが部屋に戻るとロビンが入れ違いで出て行くと言い出した。


「獣の痕跡を探さないとな。

 今日きたばかりだが、臭いすら掴めない。」


「ああ、うん。」


アッシュは、短く答えてベッドに飛び込んだ。


いつものことだ。

ロビンに任せておけばいい。

探査能力の乏しいアッシュは、この件に興味ない。


それに、いつ獣を相手にするか分からない。

とりあえず寝とけ。


………と、しばらくもしない内に。


「ねえ~。

 ちょっと良いですかぁ~。」


ドアの向こうから響く、甘ったるい女の声。


好き物男の次は、商売女か。

アッシュは、ベッドの上で嫌そうに顔を歪める。


「狩人だ!

 女も酒も要らないよー!!」


そうアッシュは、ベッドに寝転がりながら怒鳴った。

しかしドアの向こうの女は、諦めない。


「ね~え~っ!!」


そのままかなりの時間、粘っていた。

だがアッシュがドアを開けないので結局は、諦めるしかなかった。


「あーあ、あ…。

 ………面倒くさいな。」


アッシュは、いつも思っていた。

さっさと獣から出て来てくれないかな。

イチイチ探偵ゴッコするのは、俺の性に合わない。


「…ロビンも、はやく戻って来てよ。」




一方、ロビンは、セプディッチの裏路地を歩いていた。


「………。」


おかしい。

一向に獣の痕跡がない。


フィンガーが不意打ちされたのも分かる。

巧妙な獣だ。

あるいは…。


「…ここか。」


本部からの手紙にあった番地だ。

フィンガーが殺されたという場所に来た。

アッシュを連れて来なかったのは、痕跡を荒らされたくないからだ。


感覚の乏しい狩人は、時として獣の証拠を汚染する。

少ない手がかりを踏む。

これも狩人が単独行動を選ぶ理由の一つであろう。


さっそくロビンは、裏路地を丁寧に調べ始めようとする。

ところが。


「………獣の臭い?」


ロビンは、違和感を覚えた。

確かに人の気配ではない。

しかし獣でもない。


「………血?

 なんだ………?」


迫る夜が滑るように闇を広げる。

人気ひとけのない街角の暗闇を、じっとロビンは、睨んだ。


そこには、狩人の死体。

糞虫スカラベ金融部の二人。

”金庫破り”ラチェットと”脱税者”カービィだ。


身体を折りたたまれて、建物と建物の隙間に隠されている。

悲壮な表情で冷たくなっていた。

死後、かなり時間が過ぎている。


「………!」


ロビンは、素早くその場を退しりぞいた。

予想通り、彼が立っていた場所へ獣の攻撃が襲い掛かる。


「…やはり、居たかッ!!」


ロビンが薄暗がりを睨む。

後ろ、左右、石畳の上、壁、建物から張り出した階段。

両隣りの建物ビルを渡って放置された洗濯ものが懸かるロープ。


素早い獣なのか?

どこにも居ない。


「あぐッ!?」


不意に背中に鈍痛が走る。


「真上か!?」


ロビンが傷を庇いながら上を見ると、そいつが居た。

なんだ、こいつは!?


細長い無数の足。

闇の中では、ほとんど見えないだろう。

それで建物に踏ん張りながら蟹のように動き回っている。


人間だった頃の名残り。

顔が脚の間にあり、ロビンを見下ろしている。

口の周りが糞だらけだ。


恐らく獣に変質する過程で口と肛門が一体化した。

刺胞動物や扁形動物と同じ袋状の体構造を持つのだろう。

要するに巨大なヒルあるいは磯巾着イソギンチャクという訳だ。


いや、長い脚があるから海月クラゲなのか?


人が人を失った姿。

獣とは、必ずしも本来の言葉が意味する四足獣と決まった訳ではない。

異形異類の獣も珍しくないのである。


「ギョキョ…■■■■■■■ロロロロ…。」


顔だけ人間なのは、獣化が進んでいないせいだろう。


声もまだ人間の音に近い。

獣は、もっと人とも動物とも違う鳴き声を出す。

変質の度合いが全身で異なることも珍しくない。


「ちッ!」


ロビンは、敵の触手を避け続けていた。

一方的な攻撃が続く。


この獣は、磯巾着や海月クラゲに似た体構造を持つ。

その無数の触手で頭上から狩人を襲う。

狭い裏路地でロビンは、逃げ回るのも限界だと感じ始めていた。


「………落とせるか?」


ひとまず獣狩りの銃で攻撃する。

隙を伺い、相手を撃つ。


「■■ギュ■!」


しかし小径の火器では、小揺るぎもしない。

獣は、細くとも強力な脚で、がっしりと裏路地の両隣りの建物の壁を掴んでいた。


「この銃じゃ無理か…。」


ロビンは、腰に下げた副装備サイドアームに持ち替えた。

しかしこれも効果がない。


血質が低いのか。

やはり口径が小さすぎるのか。

この場を逃げるしかない。


「■■■■■…!

 クォ■■■■■ォォォ…!」


だが、獣もバカではない。

ロビンをそのまま逃がしはしなかった。

存外に素早く動き回れるのだ。


「ちッ!

 逃げ場はナシか…ッッ。」


ラチェットとカービィの死体と目が合う。

俺もこいつらの仲間入りか。


フィンガーを追跡していた二人もやられたんだろう。

糞虫スカラベめ。

何が手が足りないだ。


まずい。

今は、それどころじゃない。


その時、青い火花が散って銃声が轟く。

それは、ロビンの銃ではなかった。


誰の攻撃か。

ともかく獣の体勢が崩れ、裏路地に滑落する。


「!?

 ■■■ッ!?

 ■ォ■■■■■■ュ■ーッ!!」


巨大なヒルと海月を足したような姿。

しっとりとした、ヌメヌメの皮膚。

あまり見たことがないタイプの獣だった。


異形の獣は、また素早く壁を攀じ登ろうとする。


「させるかッ!」


ロビンは、獣に襲い掛かった。

彼の持っていた剣が細かく分割され、鞭のようにしなる。

それは、驚くほど長く伸び、獣を痛打した。


「■■■■■■キョォーッ!!!」


敵の触手をかわしつつ、ロビンの手は緩まない。

獣化が十分でない相手に遅れはとらない。


「■■■■■■ァ!!

 ■■ッォォォ■ァァ!!

 ■■■■■■■■■■■■■■■ー!!!」


鞭のような刃が獣を苛む。

次第に獣は、唸るだけで攻撃を止めた。


そうだろう。

人間は、痛みに耐えられないものだ。

血塗れで戦い続けられるのは、獣と獣狩りの狩人ぐらいのものだ。


痛みに屈服し、反撃を諦める姿。

この異形の獣が獣になり切っていない何よりの証拠だ。


「■■■■■■■■■■■■■■!!

 ■■■■■■■■■■■■■■!!

 ■■■■■■■■■■■■■■!!」


だがロビンは、攻撃を止めない。

獣は、人間に戻ったりしないからだ。


「…ぉ…おお…。

 ■■■■■…うぅ…。」


やがて獣は、絶命した。

触手が動きを止め、体全体が崩れ始めた。


「…誰だい?」


ロビンが武器を降ろして声をかける。

さっき獣を撃ち落とした別の狩人が近くにいるはずだ。


ロビンの呼び掛けに応じるように路地裏に人影が現れた。

薄暗がりの中、霞んで見える人影が返事した。


「ヴァノッサ・カッターネイ。

 病院ホスピタル騎士団の医師ドクター。」


アイビスを模したクチバシを着けた顔全体を覆う独特のマスク。

ひょん、と背の高い絹高帽シルクハットに白いコート。

登山案内人シェルパのように医療器具を背負った奇妙な姿。


それが宿礼院ホスピタルの狩人。

彼らは、自らを医師ドクターと名乗る。


「俺は、ロビン・バーンズ。

 騎士団本部直属の自由業フリーランスだ。」


「なるほど…。」


ヴァノッサは、短くそう言って大口径の銃に弾を装填する。


「首相が騎士団オーダーに泣きついて狩人を動員した訳ですか。

 …総長も人が善い。」


彼女が持っている獣狩りの銃は、通常のものと異なる。

装填するのは、水銀弾ではない。

祝福された銀の弾丸(シルバーバレット)だ。


宿礼院は、血を混ぜた水銀アマルガム弾を用いない。

祝福された銀弾を大量に弾倉マガジンに詰め、自動装填式オートマチック火器で連射できる方式を開発した。

対獣用ガトリング砲は、その一つである。


彼女が持っている物も29発装填できる。

完全自動装填式フルオートマチック強襲小銃アサルトライフルだ。


どんな獣でも全弾斉射フルバーストすれば起き上がれないだろう。

もしそれで死なないのなら吸血鬼ドラキュラ以外の手に負えない。


これらは、《星界の智慧》と呼ばれる。

宿礼院が独自に見出した将来技術であった。

それは、世間一般の技術力の50年先を行くという。


ヴァノッサは、ロビンに言い渡した。


退しりぞき給え。

 ここは、これより宿礼院の手術作戦オペが開始される。

 第1外科のオットー教授が指揮なさるのだ。


 貴公らのような狩人が来る手術台ばしょではない。

 報酬が望みであれば第一宿礼院銀行ファーストバンクに申し出給え。

 十分な金額を支払おうではないか。」


しばらく話を聞いていてロビンは、気付いた。

ヴァノッサの言葉には、辺境の訛りがあった。

新大陸の出身者だろうか。


噂では、向こうは混血が進んでいるという。

宿礼院のマスクも、それを隠すためだと聞く。

血統鑑定局ブラッドウォッチも宿礼院の医師であれば、おいそれと血を採ることもできない。


作戦オペ

 …なんのことだ?」


そう言ってロビンは、ヴァノッサに近づいた。


「俺たちは、フィンガーが殺されたと聞いて来た。

 フィンガーが死んだのは、2日前だぞ?」


ヴァノッサは、その問いに答える。


「我々は、独自に動き始めていた。

 既に1千人の医師ドクターがセプディッチに派遣されている。」


「バカな!」


ロビンは、両手をあげて否定の意思を表した。


「そんな人数を急に動かせるものか!?」


「宿礼院は、それが可能な組織である。」


ヴァノッサは、そう言って裏路地から出る。

そして東の空を杖で指した。


バババババババ…。


聞いたこともない奇怪な音が空から響いて来る。

その音源は、空飛ぶ医師たちだ。


「な、なんだ、あれは!!?」


ロビンは、尻餅を着きそうになった。


信じられない光景だ。

人間が空を飛んでいる。


それは、羽搏き機、オーニソプターという。

鳥の動きを模した機械で人工翼を羽ばたかせて飛ぶ。

宿礼院独自の狩り道具の一つである。


鳥のマスクに、鳥の翼。

あまりの取り合わせではないか。

滑稽だが、ロビンにとって空が落ちてきたようなものだ。


「と、飛んでる!?

 人形じゃないのか!?

 本当に人間が!?」


それも一人や二人ではない。

何十人もの空飛ぶ狩人が菱形の陣形を取って編隊飛行している。

セプディッチ上空に、それらの編隊が幾つも飛び交っていた。


「この狩りは、我々に任せて貰おう。

 さあ、退き給え。」


ヴァノッサは、そう言ってロビンの肩に手を置いた。

ロビンは、狼狽えながらも答える。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。」


「何かな?」


「アッシュという連れがいる。

 そいつにも話してこないと…。」


するとヴァノッサは、静かにいう。


「そうか。

 では、そうしてくれると助かる。

 …感染してもつまらぬ事だよ。」




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