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終章

 ジグラフトに店を奪われ、プトが考えた「機械鳥注文決済・転送システム」のラーメン屋を始めてから二年が経った。


 自慢じゃないが、実に莫大な富が生まれてしまった。

 店自体も大変儲かったが、何よりシステムそのものをバイアウトしたからだ。


 時系列を話すと、あの後俺は小さな元・レストランを借り、そこにたくさんの調理器具を並べて転送ラーメン屋を始めた。

 初めのうち、小型機械鳥への魔法契約はなかなか進まなかったが、グロームでどんどん偉くなったプロデューサーを抱き込んで番組をやったら、そこから広まった。


 便利さというものは一度味わうと逆戻り出来ないものらしい。

 自宅に居ながらラーメンを味わい、食べ終わったら勝手にどんぶりが消える──

 洗い物さえしなくて良いその手軽さのお陰で、サービスはどんどん拡大していった。


 こうなるともう、一人で厨房は回せない。

 なんせ、昼夜を問わず注文が入って来るのだ。


 俺は、元・俺の店で働く小人たちを堂々とヘッドハンティングした。

 契約の内容に、「従業員を引き抜いてはならない」とは無かったし、従業員は奴隷ではないからだ。


「タナカさん、本当にありがとう! 正直、あんな味オンチなオーナーのもとで働くのは嫌だったんですよ! だって材料に魔法を掛けて誤魔化してるんですよ、あいつ!」

 小人の二人は、口々にジグラフトの文句を言った。

 なるほど。確かにあのクソ野郎ならやり兼ねない事だと思った。


 そのうち注文が殺到し過ぎて三人体制でも回せなくなり、俺は次のことをした。



 ① 巨大倉庫を借り、そこにデカい厨房を作る。


 ② 従業員の拡充。

 まずは小人の二人から、同族で仕事がない者を紹介してもらう。

 それとは別に、ギルドに頼んで正式な求人を募集する。


 ③ 一部機械化。

 餃子製造機と自動焼き機。そして唐揚げ用・揚げ機の作製。

 魔法機械を作ったのは、勿論トマーゾだ。



 こうして、商売は順調に大きくなった。

 エルタファーへの普及は、国内の産業を守ろうとするオーク王族の圧力によってなかなか進まなかったが、それでもエルタニア全土の注文が来るようになった時点で、一日平均約四千杯のラーメンが売れるようになった! 簡単に言って、実店舗を十軒以上経営しているような売り上げである。


 俺は頻繁に、ビジネスを買い取りたいとのオファーを受けるようになった。相手は主にエルフの金持ちからだ。提示金額はだいたい、日本円にして約十億から二十億円。

 売るつもりは全くなかったのでずっと無視していたのだが、約五十億円を提示された辺りで売却した。(ジグラフトの店の経営破綻は、この時期に噂で聞いた)


「夢だったラーメン屋を売り払ったのか!」と怒られるかも知れない。

 ただ、その理由を聞いて驚かないでくれ。


 なんと──()()()()()()()()()



 エルタロッテの遺伝学上、ホモ・サピエンスと犬人族の間に子供は出来ない。

 遺伝子が違い過ぎるので、絶対に出来ない。

 だからトマーゾは、「別人の子なんじゃね?」と浮気を疑った。

 けれども、俺はそうは思わなかった。

 激情家のプトは俺以上に感情が表に出やすいから、そんな嘘をつき通せる気がしなかった。

 そして実際、定期健診でマギュ診断をした魔術師は「間違いなくお二人の子です」と宣言したのだった。


 一体どんな奇跡が起って、ホモ・サピエンスと犬人族の遺伝子は結合したのだろうか?

 正直、良くは解らない。

 ただ考えられることは、ジグラフトが運命を変えたことに原因があるかも知れないという予想だけだ。


 出産の日、俺はたくさんの従業員に作業を任せて病院へ行った。

 分娩室で一緒に付き添おうとしたが、痛みの為に彼女は狂暴化し、俺は人生で二度目の交際相手から噛まれる経験をした。

 ただ無事に生まれた赤ん坊──プトに似て、耳と尖った尻尾がある女の子──を見たプトは、急に優しい顔でぺろぺろと彼女を舐めた。俺は噛み傷の痛みも忘れ、その新しい命に、自分が父親になった事に感謝した。


 買収の話はそんなタイミングで持ち上がり、俺は良い機会だと思った。

 子育てと仕事の両立は多分難しかったし、プトは頻りに、「孤児だった自分は、ちゃんと親になれるだろうか?」と不安を口にしていた。

 だから、バイアウトを決めたのだ。


 俺は生まれた子に、ユーイと名付けた。

 犬人族の言葉で、「美しき毛並み」。そして日本語では「結ぶ」という意味のユイに発音が近い。ホモ・サピエンスと犬人が結ばれたのだから、個人的にこのダブルミーニングは素晴らしいと勝手に思っている。


 こうして俺たちは、デキ婚ではあるが結婚した。

 式の列席者は勿論、俺を助けてくれ人々だ。


 エルタファーから魔法の扉でやって来たケロリンは、なんと女性の蛙を連れていた。

 自分で開いたスカルベル農場を経営して行く過程で良い出会いがあったらしく、近々結婚するという。

 ただ、俺に女の趣味が悪いとか言っときながら──お前も相当だな、と思った。


 木人先生は俺に会うなり、じっとこちらを眺めた。

 俺には計り知れない何かを、彼は読み取ったのだろう。ただ一言、「──良カッタナ」と言った。


 ゼノンはたくさんの生徒と共に現れ、手土産として新しく試作・研究中の味噌をくれた。

 店は引退してしまったので味噌ラーメンは出来ないが、これで毎日おいしい味噌汁が飲めそうだった。


 トマーゾは、忙し過ぎて小型機械鳥の水晶玉からお祝いを伝えてくれた。

 ラーメンの大ブームが牽引役となって、特許を取った魔法の箸は売れに売れていた。

 新しい工場建設の下見やら打ち合わせやらで、寝る暇もないという。

 ちなみに、共同特許だったので利益の一部は俺にも入った。トマーゾの功績だからと辞退したが、それでも定期的に約数千万の収入になり続けている。


 結婚会場の外庭に特設の屋台を置き、集まった人々にラーメンを振舞っていたときだ。犬のお巡りさんであるエルネスト隊長が俺に近付いて来た。彼も招待客だったので居ても不思議はない。けれども、彼の顔は神妙でその声は小さかった。


「──タナカさん。例の死霊術師、あなたを売った老婆が捕まりました。後日、面通しに来て頂けませんか?」


 俺は必ず行くと答えた。

 あの婆さんに会う機会があるのなら、本当のところを訊かねばならない。

 俺の心にずっと刺さり続けた、片時も忘れられないあの一件を──



 憲兵隊本部の留置場は、まるで動物園の檻だった。

 太い魔法金属の鉄格子が、どこまでも続いている。

 完全に魔法を封じ込めるその中では、如何なる大魔法使いもただの人だ。


 あの転生から約七年。

 久しぶりに見た婆さんはやっぱり婆さんで、しっかり相応の歳を取っていた。

 どこかの転生者とは違って、彼女には年齢を超越する力はないのだろう。

 魔法の檻も相まって、それが俺の緊張を和らげた。ここではどう頑張っても、ケツを蹴り上げられる心配はないからだ。


「──随分と、良い男の顔になったじゃないか。アタシはてっきり、お前はすぐに死ぬと思ってたよ」

 牢屋の向こう、粗末な椅子に腰かけて老婆は言った。

「──じゃあ、あんたは最初から俺の病を見抜いていたのか?」

「病? んなことは知らないよ。アタシは商品を作ってさっさと売り払うだけ。細かい品質までは調べやしないよ──」


 逮捕され、自白と捕縛の魔法でこってり絞られた所為だろうか、婆さんに元気は無かった。

 まるでどこにでも居る、そこら辺の老婆──

 しかしそんな人間が、奴隷を犠牲にしたのかも知れないのだ。


「一つ、訊きたい事がある。──俺は、何のマダで転生したんだ? 奴隷が──使われたのか?」


「──あの部屋に──」老婆はゆっくりと言った。

「あの部屋に死体はあったかい? くり抜かれた心臓だの、大量の血だまりがあったかい? 

 アタシは、買ったり盗んだりした呪具のマダを使っただけさ。


 ──ただし、その呪具の作製に、奴隷の命が使われなかったという保証は出来ないね。


 お前もこの世界が長いなら、たくさんの魔法機械や呪具を使ったろう?


 その製造過程に、どうして奴隷の命が使われていないって証明できる?

 悪いことを考えて実行する奴がいる以上、可能性は全くのゼロじゃない──


 エルタニア製の機械の中に、エルタファー製の呪具が入っていないってどうして言い切れる? そんなのは考えるだけ無駄な悩みさ。


 さあ、もう帰っとくれ。アタシは疲れてるんだ──」

 

 老婆はベッドに入って丸くなると、その後は二度と口を利くことはなかった。



 結局、本当のところはよく解らなかった。

 ただハッキリしたこと──


 もし奴隷の命が使われたなら、俺はその人の分まで生きる。


 それだけだった。



 有り余る富が出来てしまったので、俺は今、その使い道に頭を悩ませている。

 周囲の人たちに対する恩返しは勿論のこと、大きくはエルタロッテの為になることをしようと思うが、細かい内容は考え中だ。

 とりあえず今はプトと共に、ゆったりとした、しかし慌ただしい子育てに奮闘中である。

(犬人族の子供は、大人以上に気性が荒いのだ!)


 

 ──最後に、もしまたどこかの悪い奴が死霊術によって、エルタロッテに二人目のホモ・サピエンスを召喚することがあったとしても──俺はその地球人に「安心しろ」と言いたい。


 そのときには、もしかして俺は居ないかも知れないが、大丈夫だ。

 ラーメンしか作れない俺でも、何とかなった。


 俺に英雄の自覚はないが、俺ですら英雄と呼ばれるのなら、


 地球人はすべて、英雄の筈なのだから──

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