32 ことわり
プトを怒らせた翌朝、俺はもうしばらく足掻いてみることにした。
いつもなら見舞いに来る時間になっても、彼女は姿を現さない。
それでも、俺のやることは決まっていた。
プトの言った通り、放送を使って公にするのだ。
プロデューサーに連絡を取り、取材をしてくれないか頼み込む。
報道班を敵に回したことが災いして、大々的な番組は難しいという。
俺は通常の内容で良いから、取り扱ってくれるようお願いした。小さい枠かも知れないが、何とかなりそうだった。
そういえばミシュリーヌとのスキャンダルのとき、「エルタニア日報」とかいう新聞記者が来たことを思い出した。あそこはグロームとは資本が違う筈だ。
俺は自ら連絡を取り、掲載を頼んだ。
仕事の早い新聞記者は一時間で現れ、俺は質問攻めと、頭に宝石を付けた無様な格好を撮影された。
昼過ぎ、トマーゾが見舞いに来てくれた。
彼が抱えるようにして持って来たのは、たくさんの宝石だ。
傷ものなので価値は低いが、含まれるマダは申し分ないという。
「そのまま使っても良いし、何なら売っても良い。どの道、ウチの工房で余ってたものだ。お兄さんの好きに役立ててくれ」
「ありがとう。本当に、本当に恩に着るよ」
「しかしお兄さん、これからどうする? メディアを使う以外に、考えはあるのか?」
「──思い付かないよ。何かあれば、どんなことでも教えて欲しい」
「──お兄さんにとって望む内容ではないかも知れないが最悪、実験魔法の被検体になるってのは? 運命の書き換えは皆の夢だから、莫大な予算をつぎ込んで大学が研究していたりする。そういった実験に参加すれば、延命措置も続けてもらえるんじゃないだろうか?」
トマーゾの話から、俺はゼノンに連絡を取った。
ここ最近ゼノンには会えていなかったし、彼は基本グローム放送を見ない。
だから俺の店の開店や、それが遅れていることも知らなかった。
数時間後、ゼノンは扉の魔法を使って現れた。
俺が被検体の話をすると、ゼノンは首を横に振った。
「それは絶対にお薦め出来ません。私も色々な知り合いから話は聞くのですが、酷いものです。木人先生も仰られたことと思いますが、理とは永遠不変にして絶対のもの。
それに逆らおうとすると、しっぺ返しを食らうことになる──
被検者の多くが、効果が無いか寿命を縮めてしまうのが現実です」
「──ゼノンさん。どんなに些細なことでも良いんだ。針に髪の毛を通すような、そんなことであっても。何か、何か一つくらい──」
ゼノンは腕を組み、しばらく独りでぶつぶつと喋った。
病室の中を歩き回り、何度も「うーん」と唸った。
「──時空交叉中心仮説、というのをご存じですか?」
おもむろにゼノンが言った。勿論、知らなかった。
「これはある魔術師が唱えた説でして、本来は時間や空間に関わる仮説なのですが、転じて異世界転生という奇妙な現象を説明することも可能です。
例えばタナカさんはチキュから来た異人。
マギュだけが時間と空間を越えて、エルタロッテにいらっしゃった。
つまり我々が世界と考えているものは一つでは無く、同時並行的に幾つも存在しているという事です。
しかしながら、ここで一つの疑問が生じます。
昔、我々はお互いの世界について、よく一緒に対話をしましたね?
そのときあなたの世界に魔法は無く、しかしこちらには在るという話になった。
ならば、まるで理が違っているようには思われませんか?
さっき永遠不変にして絶対と申し上げたが、二つの世界で、こんなにも違っている。
理は世界ごとに、あるいはそのマギュに書き込まれた運命ごとに異なっている──
そう考えないと、理屈に合わないのです」
正直、ゼノンが何を言いたいのか良く解らなかった。
俺は逸る気持ちを抑え、言った。
「──つまり、どういう事なんですか?」
「ええ。結論はこうです。
マギュは時空を越える。
しかし、その根本的な理は、最初に生まれた世界のものに従う、と。
実際、あなたがこちらへ来た瞬間、突然魔法の才能に目覚めたりはしなかったでしょう?
あるいは、ドラゴンを一撃で倒せる能力だとか──
──すいません、話が長くなって。
今度こそ端的に言います。
世界は幾つも存在している。
こことは違う別世界の転生者なら、理が違うので、運命を変えられる可能性がある、ということです」
俺はその場から飛び上がりそうになった。
「そ、それは本当ですか!」
「──待って下さい、タナカさん。私が最初からこの話をしなかったのは、あなたをぬか喜びさせたくないからだ。
一体どのような確率でそんな人物が、都合よくここへ転生していると考えられますか?
それはまさに天文学的だ。募金や基金を募って、命を繋ぐのが常道でしょう。その件については、私も微力ながら尽力させて頂きますから──」
確かにその確率は、有り得ないレベルのものだった。
運命を書き換えられる人間が、運よくエルタロッテに転生する──
誰がどう考えても、ゼロに近い可能性だ。
けれども、それが絵空事だったとしても、俺には必要なストーリーだった。
暗闇の中に一瞬だけでも見えた光──
小さな小さな、希望の光だった。
夕方近くになって、プトが病室に現れた。
俺はベッドから飛び出すと、彼女のもとに駆け寄った。
プトはまだ怒っているように見えた。構わず、俺は言った。
「プト、本当に悪かった。──俺、生きたい。まだ、生きたいよ! 君と一緒に居たい。死にたくなんか無いよお!」
プトが俺を強く抱いた。
「──解った。全部許す。だけど、次は絶対に許さないから。いいね?」
俺は頷いた。
いつかのように、独りでに涙が溢れ止まらなかった。
プトはそのとき同じに、しばらく抱き締め続けてくれたのだった。




