31 再会
「──よお。調子はどうだ。正直、びっくりしたぞ?」
水晶玉に映る小人のプロデューサーは、普段に比べて優しい声だった。
「──いちおう、生きてます。ご迷惑をお掛けしてすいません」
俺は努めて、明るい声で言った。
俺が店で倒れ、意識を回復するまでには五日が経過していた。
広告の中で伝えられていた開店日は、とっくに過ぎていたのだ。
プトからの連絡で、プロデューサーは急遽内容を変更。日時を明言しないものに差し替えてくれていたのだった。
「俺との約束、忘れるなよ? 独占インタビュー、撮る予定なんだからな?」
彼との会話を終えた後、無理矢理持ち上げていた感情は急速にしぼんだ。
当たっていたスポットライトがパッと消えるような感覚──
独占インタビューどころか、店の開店も出来る状態ではない。
宝石によって延命されている半死人──
その重苦しい現実が、俺を押し潰していた。
プトは努めて明るく振舞った。
甲斐甲斐しく世話を焼き、言葉少なになる俺に話し掛けた。
けれども、彼女がそうすればするほど、俺は居た堪れなくなった。
飼い主の死後もその帰りを待ち続けた犬ではないが、そんな彼女の献身が辛かった。
俺は彼女との関係を続ける中で、何度か結婚を意識したことがあった。
プトと一緒になり、家庭を持てたらどんなに素晴らしいだろうか、と──
それを躊躇わせた理由は簡単だ。
俺はこの世界にただ一人のホモ・サピエンス。
種族の坩堝であるエルタロッテにおいて、違いは単に食性だけではない。
遺伝子そのものが明確に違うのだ。
ホモ・サピエンスと犬人族の間には、どう頑張っても子供は残せない。
エルタロッテにおいて異種族間結婚が一般的でないのは、ここに原因がある。
勿論、子供の居ないカップルも存在するだろう。あるいは種族間を超えた愛の形も。
それでも彼女が子供を欲しがったとき、俺はそれを与えてやれない。
──彼女との仲が深く、長くなればなるほど、それが俺を悩ませていた。
「ねえ、ジュンイチ。そんなに浮かない顔しないで? 今日は驚くような人が来てくれるんだから──」
ある朝、見舞いに来るなりプトがそう言った。
何だろう? と思っていると、病室の向こうから何やら懐かしい足音が聞こえた。
のしのしと巨体を震わせ、たくさんの落ち葉を撒きながら、木人先生がやって来る!
その足元には、ぴょこぴょこと跳ねるケロリンの姿!
俺はベッドから跳ね起きると、代わるがわる二人に抱き付いた。
ケロリンはいつものように、触れたところがピリピリしたが、それがむしろ嬉しかった。
「タナカ! 俺、スカルベルの足、いっぱい持ってきた。これで絶対、元気になる!」
ケロリンは本当に、まるで千羽鶴かというほど足のお守りを持っていた。
ちょっと置き場には困るが、その気持ちは伝わった。
「久シブリ ダナ コンナ形ナノガ 残念ダヨ」
木人先生が静かに言った。
俺は彼らに椅子を薦め、自分の話よりもエルタファーのことや、二人の近況を訊いた。
内戦勃発時、本当に苦労したのはケロリンだった。
ドラゴンの騎士たちは戦線を拡大し、領事館には幾つもの破壊魔法が降り注いだ。
ケロリンはスカルベルを非難させようとしたが、その多くは建物と共に生き埋めになってしまったという。ちなみにゲロッピは、イスハークの一件に僅かながら関与していたらしく、あれ以来行方をくらませているらしい。
「俺、スカルベル助けられなかった。無念。でも、生き延びた。今は自分で農場、やる予定」
「──そうか。色々大変だったな。でも、ケロリンが生きていて良かった」
「それにしてもタナカ──」
ケロリンが、後方のプトを見た。
「お前、まだ、あの女と付き合ってる。ホント、趣味悪い。俺、いくらでも良い女紹介できる!」
その言葉を切っ掛けに、プトとケロリンの間でまた昔のような喧嘩が勃発した。
飛んできた薬師や魔術師見習いによって二人は連れ出され、病室には俺と木人先生だけが残された。
俺たちは、ぽつりぽつり互いの話した。
先生が語ったのは、先生の森が戦火を逃れたこと。
その後、たくさんの負傷者が治療に訪れたこと。
今でも、そういった人々の面倒を見ていること──
俺は俺でラーメンの話をした。
先生のお陰で、たくさんの発見と可能性が開けたこと。
だから屋台が成功したこと。
それなのに、先生に全然恩返しが出来ていなかったこと──
会話が途切れ、沈黙が訪れた。
先生は本当に不思議だ。
何だか彼には、全てを見透かされているような気がしてくる。
俺は意を決し、それを口にした。
「──先生。俺に、望みはないのでしょうか? 何か少しでも、助かる方法はないのでしょうか?」
「──難シイ ダロウナ」
苦いものを吐き出すように、先生は言った。
「魔術医師カラ 聴イテイル ダロウ? 運命トハ 変エラレヌ 理ダ(ことわり)
コノ世界ヲ 構成スル 不変ニシテ 普遍ノモノ
変エヨウト シテモ 必ズ元ニ 戻ロウトスルダロウ
今サラ コンナ事ヲ 言ッタラ 怒ラレルカモ 知レナイガ 私ハ オ前ノ運命ヲ 少シバカリ知ッテイタ 皆ヨリモ 先ガ短イ トイウ事ヲ──
ダカラ 急ゲ ト言ッタ
オ前カラノ 礼モ 要ラナイ ト言ッタ
タダ唯一 オ前ガ 元々コノ世界ノ 人間デハナイ事ニ 可能性ヲ──運命ヲ 乗リ越エル奇跡ヲ 願ッテイタ──
何モ シテヤレナクテ 本当ニ スマナイ──」
俺は先生に感謝の意を述べた。
裏腹に、心は酷く落胆していた。
先生に相談すれば何かが変わる──そんな希望を勝手に持つ方が間違っている。
けれど、俺は何を希望にすれば良いんだ?
どんなに小さく、またか細くとも、希望がなくては生きられない──
俺は自分の両親を呪った。
どうして健康に生んでくれなかったのか──それを恨んだ。
そして、そんなことを考える自分が、吐き気がするほど嫌だった。
扉屋の瞬間移動で二人が帰ってしまった後、俺はプトを呼んだ。
「もう止めにしよう」と俺は言った。
医療保険制度など無いこの世界において、延命は大金が掛かる行為。
運命が変えられない以上、それは無駄にしか思えない。
これ以上、俺との関係を続けることは君にとっても意味がない。
そして例の──俺とでは子供も望めないだろう? ──そう、伝えた。
今振り返っても、このとき俺は一体何を期待していたのだろうか?
あまりにも気持ちが沈み過ぎて、単に自暴自棄だったのか。
自分でもよくは解らない。
ただ、この後起ったことは本当に予想外で、むしろ彼女が素直に「じゃあお別れね」と言ってくれた方がマシな展開だった。
プトはまず、激しい咆哮をあげた。
そして俺の脚に噛み付いた!
それは甘噛みなんかじゃ全然無く、穴が開く位、マジの奴だった!
「痛いっ! なにするんだ!」
俺が怒鳴ると、プトはその倍の声で怒鳴った。
「ジュンイチ! 次同じことを言ったら、その脚を嚙み千切る! これは本気よ!
私が所属していた軍隊の犬人部隊では、泣き言をいう奴は皆から噛み付かれた!
逃げようとする奴はもっと激しく噛み付かれた!
あなたの辛さは解るけど、本当に手がない訳じゃない。
あなたは有名人。だったらこの状況を取材させて、募金でも頼めば良いじゃない。
また番組に出て、ギャラをたくさんもらえば良いじゃない。
そうやって、幾らでも延命すれば良いじゃない!
子供が出来ないなら、孤児院からもらう方法だってある!
私の居た孤児院では、人気のある者だけが里親に引き取られた。だから私は万年売れ残り。そういう子供を、私たちで育てれば良いじゃない!
以前言ったよね? 私は望んで居るんだ、って。あなたに望まれるだけじゃないって!
もっともらしい理由を付けてるけど、そんなのは私に責任転嫁してるだけよ!
二度とそんなこと言わないで!」
声を聞きつけて現れた薬師や魔術師見習いをなぎ倒して、プトは部屋を出て行った。
彼らに脚の傷を診てもらいながら、俺は様々なこと考えた。
交際している女性に噛まれるという壮絶な体験は、俺の脚と心にちょっとの傷を残した訳だが、それでも何かが変わった瞬間だった。
もし、プトにそうされていなかったら俺は諦めていたかも知れない。
あるいは、ひと思いに自分で──という事も有り得たかも知れない。
この出来事があったからこそ、希望に繋がるのである──




