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29 迫る開店

 様々な調理法を試して解ったネギ洋梨セパリオの問題点は、火を通すとデロデロになることだった。

 味は正しくネギなのだが、食感は完全に洋梨。

 だから、熟れたものはすでにジュクジュクで、煮たり焼いたりすると正体がなくなってしまうのだ。

 幸いにも、ラーメンそのものには最後のトッピングなので構わないが、スープを煮込むときにそのままでは入れられない。悩んだ末、布の袋に入れて使うことにした。



 アルバイトの面接は、ようやく二人が見つかった。

 両方とも小人で、一人はエルタロッテ公用語が普通に話せたが、もう一人は酷い訛りがあった。

 小人族は一般的に十程度の種族に分かれるというが、言語や習慣などの文化的グループでは、それこそ膨大な数に細分化される。

 俺の目から見ても、二人に違いはあまり無いように思われるが、実はそれぞれ出身地が違った。だからこの、公用語が話せない小人とのコミュニケーションは難しく、結構な金額の翻訳の呪具が必要な程だった。



 トマーゾから調理器具がそろったとの話が届いた頃、世の中では別の嬉しいニュースも伝えられた。

 遂にエルタファー内戦が終結したのだ。


 表向きは両陣営の和解となっているが、実体は反対派の完敗らしく、今後もあの都市国家では奴隷制が継続して行くようだ。ケロリンや木人先生を訪ね易くなったのは嬉しいが、戦争経済の終焉は魔法貴金属や宝石価格の下落を意味する──


 つまり、もうしばらく開店を遅らせてさえいれば、全てをもっと安く買えたのだった。


 俺にもうちょっと世界情勢を読む力があれば──と後悔もしたが、ここは素直に和平を祝おうと思った。



 とはいえケロリンと木人先生に、いきなり会いに行けた訳ではなかった。

 開店に向けてあらゆることが進んで行くと、屋台営業を続けていることもあって本当に目の回る忙しさ!

 特にラーメンが遅くまでさばけなかった夜、そのままトマーゾの工房へ行って搬入を話し合ったときなどは、ほとんど内容が頭に入らず、ぼーっとしているようなものだった。


 今回も、俺はある意味追い詰められていたのだろう。

 プトが言った通り、休むべきなのかも知れない。

 けれどもその感覚は、決して不快なものでは無かった。


 イスハークやミシュリーヌ──

 彼らのような絶えず圧迫される絶望感はなく、苦しい中にも明るさがあった。

 地球で成し遂げられなかった到達点──それが、すぐ目の前にあると感じられたからだった。



 店の内装工事が完了したとき、面白いサプライズがあった。

 俺の希望通り、純和風テイストに仕上げられた店内。

 ソフトキャンディ族が思考を読み取る能力があったお陰で実現したものだった。


 彼らに向かって「本当に素晴らしいです! ありがとう!」と念じていると、三人の一人が進み出た。

 そして、厨房の奥の、小さな一角を指差した。


 何だろうと思って見てみると、そこには──()()があった。

 素人が適当に作ったのでない、完璧な地球のそれだ。


 そういえば俺のラーメンの師匠は、商売繁盛を祈願してそれを飾っていた気がする。

 そして俺が店を出すとき、「こういうのも大事だからよ?」と、あまり信心深くない俺に贈ってくれたのだった。


 ソフトキャンディは指を伸ばすと、俺の心臓の辺りをつついた。

 普段なら何かのビジョンを見せて来るが、今回に限ってはなく、彼は何度もそれを繰り返した。


 言葉も映像も無かったが、「あれはお前の心に必要だろう?」と言われた気がした。

 俺はその指を握ると、「本当にありがとう」と念じた。心から彼らにお願いして良かった思った瞬間である。

(ちなみに、彼の指は本当にソフトキャンディみたいな触感だった!)



 トマーゾが用意した魔法の調理器具の運び込みが終わった。

 実はひと悶着あって、製麺機車がデカすぎて入らない問題があったのだが、それは転移の魔術師を呼んで解決した。


 俺は厨房に立ち、客席を見渡してみる。


 ──壮観だ。


 最大人数は十席で、待合用の椅子は五脚しかない。

 地球でやろうとしていた店に比べて広くはなく、むしろ狭い。


 それでも、遂に築き上げたのだという確かな実感──

 奴隷時代のエルタファーから数えて約三年弱。

 夜な夜なゲロリの厨房に忍び込んだときは、テンションが上がって雄叫びをあげたような気がするが、今は違う。ゆっくりと感情が湧き上がって来て、俺はまた泣きそうになった。

(これは、歳の所為だろうか──?)


 倉庫を改装した休憩室に取り付けた水晶玉からは、俺の店の開店が数日後に迫る広告が流れている。

 広告に関しては、プロデューサーは本当に有言実行の人だった。

 嫌になるくらい、ここ連日流されていたのだ。


 さすがに、いつまもで泣いてはいられない。

 俺は、仕込みを開始した!



 ① ラーメンのタレ(カエシ)を作る。

 ソヤーラ醤油、ネギリンゴ、ネギ洋梨、ラミクロ昆布、砂糖を使用。

 チャーシューのつけダレにもなるので、多めに作成。


 ② 麺を作る。

 強力ポタメアとゴブリン水から精製した粉末カンスイを使用。

 開店当日は多くの客が予想されるので、製麺機をフル回転!


 ③ 餃子作り。

 ヤバい! 時間が掛かり過ぎ! こんなもん、一人でやるべきじゃなかった。

 行く行くは魔法装置でやるとして、これはアルバイトに覚えさせよう。


 ④ 唐揚げ。

 すいません、取り止めです。当面はラーメンとチャーハンで勝負します。


 ⑤ チャーハン。

 とりあえず、魔法の中華鍋を手入れする。(油ならし)

 材料は目無し豚のチャーシュー、偽紅玉鳥の卵、ネギリンゴとネギ洋梨。

 味の決め手はソヤーラ醤油。

 チャーハンに良い風味と色どりを与えるネギ洋梨は崩れやすいが、最後に入れるので問題なし。


 ⑥ スープを大量に作る。

 劣化防ぎの鍋もたくさん買ったので、本当に助かる。

 使用するのは、豚のゲンコツ、頭蓋骨、そして背ガラ。


 頭蓋骨は割らずにそのまま入れ、背ガラは折って入れる。

 ゲンコツはハンマーで叩き、中の髄を露出させ──



 ──ブツッ



 幾つかのゲンコツを割ったときだった。


 俺の中で音がした。


 それは幻聴なんかじゃなく、はっきりと、明確に、俺の頭の奥から聞こえた。

 瞬間、身体の自由はもう利かなかった。


 俺は豚骨が並んだ作業台の上に倒れ込んだ。

 顔面と唇に当たったのは、ひんやりと冷たい骨──


 ──え? これ──どういう──


 言葉に出して言おうとしたが、全てが動かない。


 遠くの方で、「醤油豚骨・田中」開店日を伝える広告の声──

 徐々にそれが聞こえなくなって行く。



 ──ま、また、かよ──



 最後に思ったのは、そんな間の抜けた感想だった──

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