28 小旅行
ソフトキャンディ族というのは本当に変わった人たちだった。
(いちおう彼らに正しい種族名を訊いたが、意味不明なビジョンを見せられただけだった)
普通、大工仕事というと、釘や金槌、などを思い浮かべるだろうが、彼らはそんなものは使わない。
彼らの顔に相当する部分、そこにある楕円形の口から吐息を吹くだけだ。
やがてその息がかかった部分は、ゆるやかに変形する。
古い内装は正体を失い、それこそ魔法みたいに新しい壁や壁紙が徐々に物質化して行くのだ。
後に調べて解ったことだが、彼らは地球の知識で説明すると、いわゆる精霊に近い存在で、エルタロッテに初めて現れた原始生命の末裔なのだという。その体内には大変な量のマダが内在しており、かつてはそれを目当てに乱獲される悲劇もあったそうだ。
その不可思議な、しかし正確な仕事ぶりに、俺は驚くと同時に感心した。
休憩時間に、身振り手振りで「良かったらラーメン食べます?」と聞いてみたが、見せられたのはなんとケロリンとプトが嘔吐するシーン。
多分、「自分たちも吐いてしまう」ということなのだろうが、俺の過去の記憶すら読み取ってしまう辺り、なかなかに恐ろしい人々だと思った。
工事はしばらく掛かるとのことで、俺はその他の雑務を進めた。
具体的にはアルバイトの面接や、鍋・食器の購入だ。
ソフトキャンディたちへの支払いが約一千二百万円なので、残りが約一千万。
当面の運転資金とバイト代を払っても、かなり余裕がある。
個人的には、店オリジナルのラーメンどんぶりでも作ろうかと考えたが、今じゃなくても可能だし、ここは節約だ──
そう思っていたら、それなりの額が必要な話が舞い込んだ。
「やあ、タナカくん。俺、俺。俺だよ?」
初め詐欺かと思った機械鳥の相手は、なんとグローム放送の小人のプロデューサーだった。
「ああ、どうも。お久しぶりです。ホント、事件以来ですね。──やっぱ、大変でしたか?」
「大変なんてモンじゃないよ! もうちょっとで皆、失業するとこだったぞ! ま、俺の場合は結果オーライだったがね」
「というと?」
「聞いて驚くなよ? 実は俺──役員になったんだ」
「それって、グローム放送の? へえ、そりゃすごいですね」
「はは! もっと褒めてくれ。放送局の市民監視問題は、役員の更迭と刷新を促した。ミシュリーヌは当たり前として、その他の連中も引責辞任さ。で、その空いた席が──俺に転がり込んで来たってワケ! だから君にはホントに感謝してるんだ」
「正直、恨まれてると思ってたんで良かったです。おめでとうございます」
「──まあ、他の役員の中には恨んでる奴も居るから、引き続きグローム全体が味方じゃないとは言っておく。ところで、今日は感謝ついでに一つお願いを持ってきた」
「お願い、ですか?」
「勿論、君の役に立つ話でもあるぞ?
さっきも言った通り、グロームは新体制のもと再スタートを切った。
ただ、金の集まりが悪いんだ。あれ以来多くのスポンサーが降りちまって広告の枠が埋まっていない。
だから俺は思い切って、役員会で値下げを提案した。
今まで二万五千から五万エルター(五百万~一千万)だった広告を一律二万五千にしようって。で、これが通ったんだ。
つまり、今なら半額で、かつての高い広告枠を買えるって訳だ。
グロームの不正を暴いた君が、グロームに広告を載せる──
我々にとってもこれ以上のイメージアップはない。
俺個人としては、君への独占インタビュー番組を作って、君との和解とグロームの信頼回復をやりたかった。しかしさっきも言った通り、他の役員の承認が下りないんだよ。
その点、広告は拒めない。
番組編成は握り潰せるが、金を払おうという相手は選別出来ない。
経営状態が悪い今はなお更だ。
──どうだろう? グロームでなく、俺を助けると思って枠を買ってもらえないだろうか?」
面白い提案ではあった。
新装開店に合わせて広告を打てば、多くの人々に伝えることが出来る。
問題は価格だが、金に余裕はあるように思ったし、ここでプロデューサーに恩を返すのも悪くないと思った。
「良いですよ。やりましょう。丁度、新しく店を始めようとしていたし」
「おお、そうか。ありがとう! 俺の権限で、嫌というほど繰り返し流してやるからな? もし、これで状況が変わったら──どこかで取材を受けてくれるかい?」
「構いませんよ。ただし、突然『ハシ・ハシ』をやれとか、無茶振りしないって約束なら──」
「しないしない! 絶対しないよ! する訳ないだろう?」
──かなり先の事だが、俺はこのプロデューサーが関わった番組に出ることになる。
そして案の定、約束は破られ、俺は「ハシ・ハシ」をやらされるのだが──それはまた別の話である。
様々な事が進み、あるいは足踏みし、場合によって逆戻りした。
アルバイトの面接はなかなか決まらなかったし、飲食ギルドの認可にも時間が掛かっていた。
そんな状況でも、俺はプトと二日だけの旅行に出掛けた。
忙しくなったら、絶対に行けないと思ったからだ。
エルタニアの湖水地方アグリオには、同名の巨大な湖がある。
切り立った山々の真ん中に広がる透き通った湖には豊富なマダが溶け込み、そこに太陽光が当たると魔煌光と呼ばれる現象を見ることが出来た。
湖の奥深くから、無数の白い発光体が浮かび上がってくるのだ。
それは実に神秘的で、俺とプトはしばらくの間、湖岸に立ってそれを眺めた。
ただ、良くないことだが、俺の頭の片隅にはいつも店のことがチラつき、気を抜くとすぐにそれを考えてしまう──
「ジュンイチ。今、お店のことを考えてたでしょう?」
ふいに、プトからそれを言い当てられてしまった。
「──ご、ごめん。つい」
怒られるかと思いきや、プトは面白いものでも見るように笑う。
「思い返してみると、ジュンイチってずっとそうだよね。エルタファーで出会ったときからずっと。なんていうか、勤勉ってゆうか、馬鹿真面目ってゆうか、あるいは──非常識?」
「おいおい。少なくとも非常識ではないだろ?」
「エルタロッテの常識では、充分非常識だよ。だけど、貶してなんかない。褒めてるつもりだよ。何かに一生懸命なジュンイチは見ていて気持ちが良い。でも、ときには休んでも欲しいな」
プトにそう言われては敵わない。
その後はなるべく考えないようにしたが──結局、仕事に関わる発見をしてしまうから因果なものである。
旅先の野菜市で、俺は地球でいうところの洋梨に似た果物を見つけた。
なんの気なしにそれを買って旅から戻り、朝食に剥いて食べようとしたら、あまりの臭さと辛さに吐き出してしまった。
「ちょっと、大丈夫? それめちゃくちゃ辛いよ?」
むせる俺を見ながら、プトが言う。
「し、知ってたなら、どうして教えてくれないんだよ!」
「何だか知ってる風情で食べようとしてるし、チキュでは生食いするのかな? って──」
「しなくは無いけど、薬味とかにちょっとしかしないよ!」
ただこの洋梨、実はあのネギ・リンゴ(アプリム)の親戚で、「セパリオ」という名前だった。
そして、ネギ・リンゴがニンニク風味だったの対し、こちらは本当にネギの味に近かった。
口の中は酷く臭かったが、この発見は本当に嬉しかった。
いよいよ完全なるラーメンの最後のピースがそろい始めた瞬間だったからだ。




