26 物件探し
「どうも! 齧歯・不動産のモコッチです! まさか『ハシ・ハシ』のタナカさんをご案内できるとは光栄ですよ!」
トマーゾが紹介してくれた不動産屋は、もこもこの毛に覆われたビーバーだった。
口の中から覗く平らな二本の前歯が特徴的で、そのつぶらな瞳は可愛らしくも見えるが狡猾そうでもある。
トマーゾの話では、尊敬は出来ないが有能、とのこと。
正直、尊敬出来ない──の部分が引っ掛かるが、物件情報には詳しいのだろうから試しに案内をお願いした。
店舗を開く地域については、事前にある程度範囲を絞っていた。
商業・学園・工業の三地区から近く、全ての客を取り込めそうな場所。また、周辺地域に密着した食堂にもなれるという意味で、ベッドタウンが近い方が良い。
俺が目を付けていたのは、この全ての条件がそろったメーナ地区。
そこに出店できれば、かなり熱いとにらんでいた。
モコッチが操る馬車に揺られながら、俺はメーナ地区を進んで行った。
薄桃色のレンガで出来た建物の通りを抜けると、金持ちのお屋敷が建ち並ぶ区画へと入る。
辺りには広い庭と、それを囲む立派な石塀ばかりが続いている。
まさか、ここじゃないだろうな──?
そう思っていると馬車が停まった。
「着きました、こちらです!」にこにこ顔でモコッチが言う。
俺の眼前に広がっていたのは巨大なお屋敷。
しかし、建物の壁は所々剥がれ、屋根のタイルは落下し、一部骨組みも露出している──
誰がどう見てもただの幽霊屋敷だ!
「あのさ、モコッチ。俺が望んでるのは店舗だ。こんなヤバいところじゃない!」
「いやでも、格安をお望みなんですよね? ここ、無茶苦茶安いですよ? なんと市価の十分の一です!」
話を聞いてみると、この辺りの物件の相場は日本円にして約二、三億円!
ところがこの物件だけ、約二千万円だという。
「まあ一度、騙されたと思って入ってみて下さいよ。広くて安い。こんなの他に無いですよ!」
後学の為、いちおう覗いておくか──
そう思って入ったが、中は実に酷いものだった。
ホコリが積り、層になっている床。
割れた窓ガラスに散乱したゴミ。
作りから、かつては高貴な種族が住んだのだろうと想像できるが、さすがに荒れ果て過ぎだ。
何より天井が落ちて空も覗き、危険である。
「──ところで、モコッチ」俺は言った。「ここは人が住んでいるのか?」
「いいえ。居住者はとっくに亡くなって、現在は無住です」
「──じゃあ、あのお婆さんは──誰なんだ?」
俺の視線の先、壊れたかけた階段の近くに、その老婆は居た。
何だかぼんやりしてはっきり見えないが、たぶんエルフだろう──
イヤな予感を感じつつ俺は言った。
「──なあ。もしかして──アレ──お化けか?」
「オ・バケ? ちょっと、なんの事かよく解らないです。あれは、マギュの残留思念ですよ。この家に昔住んでいた婆さんで、新しくここを買おうとする者が来ると悪さをするんです」
「や、やっぱりお化けじゃねえか!」
「オ・バケの定義が、生前の意識の残留思念なら、その通りでしょうね。普通、こういうものは魔術の才能が無い人には見えないんですけど、危害を及ぼすと認定された場合のみ、ギルドの魔術師が『見える化』の魔法を掛けるんです。不動産売買におけるフェアな取引を促進する為にね?」
まさかエルタロッテに来て、心霊体験するとは──
俺が素直にそれを口にすると、モコッチは怪訝そうに、
「当たりですよ! 我々はマギュとマダによって動いてるんだから。残留思念があるのは普通です。僕は魔術師じゃないので詳しくは知りませんが、マギュには粘着性があるらしいんですよ。だから、激しい執着ってのはなかなか取れないらしくって。だからここは安いんです」
「──なあ。まさか今日巡る場所って、こんなんばっかじゃないよな?」
「え? こんなんばっかですよ? トマーゾさんから、とにかく安いトコって聞いてるんで──」
「オイ、ふざけんなって!」
その後も我慢して幾つか回ったが、言葉通りに全ていわく付き物件だった。
放火され、時折犠牲者の声が聞こえる元店舗──
強盗が押し入った銀行の跡地──
殺人犯の思念が今も立て籠もる空き家──
最後に行った所など、扉を開けるなり包丁を持ったオークの思念が飛び出して来て、命からがら逃げた。これじゃあ物件探しでなく、心スポ巡りである。
ただ、そうやって巡ってみた結果、だいたいの適正価格が解ってきた。
屋敷や民家は除外するとして、いわくの無い中古の店舗を購入する場合、日本円にして約三、四千万は必要だった。
これはなかなかに痛い額だ。
調理器具や内装を含まず、物件のみにこの金額は掛けられない。
頭を賃貸に切り替えるしかなかったが、ここでも問題が起った。
手頃な広さと金額の物件がないのだ。
例えば元レストランだった物件は多くあるのだが、客席が広すぎるし、家賃も高い。
逆に、カウンターのみの店舗はほぼ無く、あっても立ち飲み屋で厨房が無い。
そもそもこの世界には、カウンターだけの飲食店は存在しておらず、必ず広い客席がセットだった。
元あった店舗を利用する、いわゆる「居抜き」を考えていたが、全く当てはまらなかったのである。
その後も、店舗探しは順調に難航した。
営業を続けながらも、気が付けば半年近くが経過してしまっていた。
「タナカさん、これは良い出物です! 今すぐ来られませんか?」
慌てた声のモコッチから機械鳥を通じて連絡があったのは、そろそろ昼の営業時間が終るかという頃だった。俺は急いで店仕舞いし、指定された場所にネズミの馬車を走らせた。
物件の所在地は、俺が狙っていたメーナ地区の隣、テッサ地区だった。
どちらかというと工業地区に寄っており、本来の希望ではない。
けれども、出物という言葉には惹き付けられた。
「さあさあ、こちらです! どうぞ中にお入り下さい」
先に到着していたモコッチに案内された物件は、元肉屋だった。
カウンターそのものが魔法の保存装置になっているタイプで、エルタファーの高級店のように空中に浮かせる仕組みはない。
店内は狭いが、逆にカウンターの向こうが広く、更にその奥には冷蔵倉庫と元肉切り場らしい作業室。
このカウンターを客席に改造し、後ろをぶち抜いて厨房にすれば、やってやれなくない間取りである。
「ここ、本来なら三十万エルター(約六千万円)です。だけど、今だけ五万エルター(約一千万円)! ほとんど、タダみたいなモンです! マジで、お買い得ですよ?」
「──うん。解る。解るよ。だけど、安過ぎるよな? ──ここには、誰が居るんだ?」
「えっと。魔術師の話によると──めちゃくちゃ機嫌の悪い顔面・角族の元店主が居るらしいです──」
「ふざけんな! そんなの願い下げだ!」
「いやいや! でも、姿が見えないでしょ? 魔術師的には軽度って判定なんですよ」
「──でも、何かあるから安いんだろ? 具体的な霊障は何だ?」
「──怒らせると、建物が揺れたり、家具が空を飛ぶそうです」
「それ、ポルターガイストじゃねえか!」
モコッチは一旦咳払いをし、少し間を置いて言った。
「解ってますよ、タナカさん! 私が何も無しにここを勧めたとお考えですか?
魔術師の話では、ここの元店主のオヤジは肉に愛着がある。だから肉に関係のない場所に変わってしまうのが気に入らないんですよ。
ただ、タナカさんの場合、料理に豚の骨を使うでしょう?
肉に関係のある仕事なら、逆に守り神になってくれるというのがギルドの魔術師の見解です!」
──にわかには信じ難い話だった。
目に見えない顔面・角族のおっさんと、営業を続けて行く日々──
考えただけで、かなり嫌だった。
渋い顔の俺に向かって、モコッチは続けた。
「タナカさん。断言しておきますが、こんな出物はそうそう無い。なんせ、半額以下ですよ? あなたを急遽呼び付けたのも、ここがピッタリだと考えたからです。
ここを内見したがる関係者は多い。肉という条件を満たせばお買い得だからです。複数の申し込みがあれば、もうこの価格で買うことは出来ない。
──決断されるなら、今ですよ?」
──今にして考えると、このモコッチの口上は少し盛った話だったのかも知れない。
それでも俺は、結局安さを理由にここを買うことになる。
勿論、良い買い物だったと思っているし、それなりに満足もしている。
ただ一点、後々気付いた計算外──
それはメニューの中で一番肉の入っていないチャーハンを作ると、店が揺れる事である──




