24 箸問題
「──原告側の欠席により、本件は被告側の勝訴です。これにて閉廷!」
エルタニア都市国家裁判所の法廷内。
象の裁判官の評決により、たったの五分で全てが終わった。
晴れて裁判から自由になった俺は、屋台営業に専念した。
一日、三十杯くらいが普通に売れる今、店を休んで流れを止めるのは勿体ない。
日夜営業を続けると瞬間最大風速で、四十杯を売り上げる日もあったが、翌日には普通に二十杯だったりした。
この伸び悩みの原因は、やっぱり箸だろう。
多くのお客が、例の曲がったゴブリン・フォークを使っており、どこそこ食べ難そうにしているのだ。
それはリピーターの数を見ていても解る。
本当に数える位の人々がリピしてくれているだけで──それは実に有難い事なのだが──多くは食べ難さの為に離れて行っているように思われた。
俺はこの問題をプトに相談した。
この頃には、日々のトレーニングの甲斐あって、彼女はかなり箸を使えるようになっていた。
白いご飯を上手に持ち上げて、プトは言った。
「無料でハーシーを配ったらどうかな? チキュの面白い文化だ、ってことで」
「うーん。だけど家に持ち帰ってまで練習してくれるかなあ? 正直、かなり疑問──」
「だったら、教室を開いたらどう? ジュンイチがやり方を教えるの。学生とか、若い人なんかは面白がってくれるかもよ?」
確かに良いアイデアだった。
そういえば、以前地球の文化に興味のあるパンダの学生が、店に訪ねて来たのを思い出した。
俺は彼にコンタクトを取ることにした。
パンダの学生が通っていた大学は、その名もずばりのエルタニア大学だった。
ゼノンが勤務する呪術農科大学とは違い、学問と魔法の専門校らしい。
「面白いですね。イベントは僕が主催するので、講師としてセミナーをされるのと同時に、学内に屋台を入れて営業もしませんか? まだ食べた事のない学生も多いと思うので」
パンダくんとの話はトントン拍子に進み、俺の期待は膨らんだ。
けれども、結論を言ってしまうと実に残念な結果だった。
ラーメンは過去最高の六十杯売れた。その意味では上出来だった。
ただ、肝心のセミナーが微妙だった。
すごく簡単に言うと学生たちは、
・地球の文化 → 興味ある ◎
・ラーメン → 興味ある ◎
・箸 → やや興味ある ○
・箸を使う努力 → 興味無い ✕
こんな感じだった。
文化の話は聞いてくれるが、いざ実践になると急激に過疎る──
何とも悲しい現実だった。
それでもプトの言ったとおり、お客に対して箸の無料配布は行ってみようと思った。
ただし、用意すべきは数百膳。今までのように屋台の焼き串から作るのは無理がある。
困った俺は、とりあえずトマーゾに相談した。
グローム放送の一件以来、トマーゾも有名人になったからだろうか。
久しぶりに訪れた彼の機械動物工房には幾つものカスタム車が並び、注文の多さが伺えた。
トマーゾは魔法の呪具で、巨大な機械虎を塗装しながら言った。
「というかお兄さん、芸能界に居たんだから金は入ったんだろ? だったらいっそ、魔法術式に頼ったら良いんじゃね?」
たしかに引退直前、芸能界のギャラは上がっていた。
実はこの時点で、俺は日本円にして約四千万くらいの金を持っていた!
「まあ、以前に比べて余裕はある。──で、魔法術式に頼れ、とは?」
塗装を終えたトマーゾは、手の中にある呪具をこれ見よがしに振ってみせた。
「例えばこの塗装の呪具。これも、基本は魔法術式が作用してる。具体的に言うと、マダを含んだ物質で呪具を作り、あとから魔法の命令を組み込むんだ。
マダを多く含んだ物の良い例は──貴金属とか宝石かな?
マダの源を宿した金属を彫金し、それでも不十分なら強い宝石をくっ付ける。
そうやってまずはマダを確保して、そこに魔術師が望みの術式を施すんだ。
塗装の呪具なら、綺麗な魔法のコートが出来るように──とか、錆び落としの呪具なら、すべて落ちるように──ってね?」
「──それは解ったんだけど、箸とどう関係が?」
「ニブいな、お兄さん! 魔法の術式には、ある人の技をトレスする、なんてのもある。つまり、上手に箸を使える人をコピーして、次に持った者がその技を──」
「なるほど! 下手な人がいきなり上手くなる、って訳か!」
「──びっくりした。まあ、そういう事だよ!」
「ところで地球の箸って、たいてい木で出来てたりするんだけど、マダを多く含んだ木ってあるのかな?」
「うーん。あんまオススメしないなあ。木ってのは基本、そんなにマダが多くないんだ。暗黒檀とか生命樹とか、在るにはあるんだけど、下手をすると金属より高価だぜ?」
余談だが、生命樹とはあの木人先生の農園にあった巨木のことである。
さすがに今からエルタファーに行って「箸にしたいから切らせて下さい!」とは頼めない。
思い返してみると、地球の韓国でも箸は金属製だった気がするし、ここはそれでやってみるのがベストだろう──
「トマーゾ、君にマダを含んだ箸作りを頼めないかな?」
「え? おいらに?」
「君には本当に世話になった。俺にはこういう形でしか感謝を返せないけど──」
「じゃ、割増料金をもらってもイイってことだな!」
「──そ、そこら辺は一つ、お手柔らかに──」
トマーゾが選んだ金属は、竜胆鋼と呼ばれる金属だった。
オーク族の鎧などにも用いられる希少金属で、かなりのマダがあるらしい。
見積りは百膳で約二百万円!
この上に魔術師への術式料金をプラスすると──計四百万円だ!
「基本、呪具ってのは高くなるもんなんだ。お兄さんだから、この価格なんだぜ? ホント、おいらは優しいネズミだなあ~」
──仕方がない! これは必要な投資だ。
俺は魔術師の手配も含めて、それを依頼した。
数日後、サンプルが出来たとの事で、俺は再び工房を訪れた。
魔法の旋盤機で切削加工されたそれは、全体に木目調の模様が浮かんで美しく、そして箸にしては重かった。
この辺りの重量軽減にも魔法は使用される。なので、料金も高かったのだ。
ここまでの移動には使った屋台馬車で、俺はまずラーメンを作った。
そして普通の箸で、いつも通りに食べて見せる。
ギルドから派遣されたエルフの魔術師は熱心にそれを観察、やがてトマーゾの箸に術式を書き写した。
呪具化した竜胆鋼の箸は、模様がいっそう鮮明になり、ときおり輝いてさえ見えた。
受け取って、残ったラーメンに箸を突っ込む。
おもむろに持ち上げると──ヤバいほど麺が付いて来た!
「お、おい! 何だこれ! 麺のほとんどが持ち上がってるんだけど?」
「──ああ、失敗だったか」とエルフの魔術師。
「おまけで吸い付きの魔術もかけたのですが、失敗だったみたいですね──」
──まったく余計な事をしてくれたものだ。
とはいえ、色々な機能を付加できるのは面白い。
そういえば、スライム麺の方はポタメア麺に比べてつるつる感がある。
もしかして、多少吸い付きを付加すべきか──?
そう思って急遽スライム麺のラーメンを作り、試してみたところかなり良かった。
俺は一膳の箸の中に、ポタメア・スライムでは違う作用を組み込むよう依頼した。
(割増し約五十万と言われたが!)
更に数日後、遂に箸が完成した。
作業を終えた二人に、俺はまたラーメンを振舞った。
本来なら箸が使ないトマーゾと魔術師──
そんな二人がまるで地球人かのように、ズルズルとラーメンをすする様は、見ていて本当に気持ちが良かった。
イケる!
これなら壁を超えられるぞ!
俺は確信を深める。
屋台営業で何となく考えていた壁は、一日百食。
今こそ、それに挑戦すべきときだった──




