奴隷編④ スカルベル
「スカルベル」はオブシデア亜目プロシュトル科に属する鬼甲類の一種で、日本人にとっての白米と同じくらい、蛙族の主食だった。
群れを形成し、エルタロッテのほぼ全土に生息。
湿った土壌を好み、普段は密林の巨大な落ち葉の下や、デカい岩のすき間に隠れているという。
本来なら地下に生息はしないのだが、このトンネルはその専用飼育場として作られ、スカルベルが生育し易い環境に整えてある(一部は魔法の力)、とのことだった。
俺の仕事は、平たく言ってコイツらの世話だった。
口の中からあれを引っ張り出され、群れがトンネルの奥に去った後、俺は餌となる腐葉土運びをさせられた。
日本だったらフレコンバッグとでも呼びそうな、飼料がぱんぱんに詰まった植物繊維の袋。
それをこのトンネルへと下すのだ。
もし、これを手作業とかでやっていたら、俺は色々な意味で本当に死んでいたと思う。
ありがたいことに、実に便利な物があった。
自動浮遊する荷運び台車があったのだ!
それはゲロッピが乗った輿と比べると、リムジンと軽トラくらいの差があった。
(別に、軽トラを馬鹿にするつもりはないので悪しからず)
全体は正体不明の無骨な金属で作られ、側面にはチカチカする魔法文字の羅列。
手で押せるように、U字のハンドルも付いている。
マジでテンション爆上がり!
ゲロッピが乗せてくれなかった分、ここでリベンジだ。
しばらく腐葉土そっちのけで、浮遊台車に乗ってみる。
印象としては、大きな湖とか池で乗れるボート。気持ちがイイんだけれども、ずっと足元がおぼつかないようなちょっとした不安。ただ、これが新鮮で面白い。
残念なのは自動走行機能は無いらしく、進むには台車をつかみながらケツを前後させる以外にない。俺がその動作を繰り返していると、
「ゲロッピが言ったこと、解った。お前、変だ」呆れたように、ケロリンが言った。
さすがに怒られそうなので、俺は本来の仕事に戻る。
地上の倉庫へ行くと、そこにはぱんぱんの袋が縦一列に積み上げられ、その山が幾つもそびえ立っている。
まさかこれ、手で下すの? と思っていると、頭上から魔動クレーンが登場。
ケロリンはさながらリモコンみたいな呪具で、上手に台車に袋を積み下ろす。
「いずれ、お前にも教える。今はコレ、運んで」ケロリンが言う。
俺は台車を押しながら、再びトンネルへと向かう。
これが、思ったより難しい。
浮遊はしているが、地面との関係で微妙に重心がズレるようだ。
押すことに力は要らないが、落とさず進むにはコツが要る。
危うく前のめりになりそうな事態を数回繰り返し、俺はやっとのことでトンネルに餌を運び込んだ。
餌をトンネルの所定の位置に撒くと、また大挙して奴らはやって来た。
ケロリンが言うには「性格大人しい。むしろ人懐っこい」らしいのだが、いくら何でも口に入って来るのは反則だ。
俺はケロリンの後ろに隠れ──背丈が半分以上違うので、実際には隠れてないが──、奴らが群れながら食事するのを見守った。
そうしていると、ふと疑問が沸く。
だから試しに訊いてみた。
「これって、どんな調理法で食べるの?」
「何でも。蒸す、焼く、煮る。何でも」
「ケロリンはどの方法が好き?」
「俺? 俺は生派」
やっぱり生で食うのか──
俺は以前の、SF映画のワンシーンを思い出す。
「ソレ、大丈夫なの? 味は?」
「美味い。食えば解る」
ケロリンはおもむろに、群れ為すスカルベルに手を伸ばした。
わしゃわしゃと動くその一匹をつかむと、ぽいっという感じで、自分の口に放り込んだ!
もちゃもちゃもちゃ──
キモい咀嚼音が続く。やがてごっくん。
小さくゲップをし、「ほら。美味い。最高! お前も食う?」と満面の笑み。
(人懐っこいとか言いながら、いきなり食うんかい! と思った)
──さて。
普通だったら、絶対ここで食べないと思う。
例えば日本の神話でも、黄泉の国の食べ物を口にすると、現世に戻れなくなるというではないか。まして口の中に突撃してくる、こんなグロテスクな虫など──
けれども、このときの俺は腹が減っていた。
よくよく考えてみれば、豚骨にキスする前も食事そっちのけで作業に追われていたし、エルタロッテに来てからは水すら口にしていない。
胃は刺すように痛く、また、きゅうっと腹が鳴った。
「腹ペコ? だったら食べろ。あ、だけど、ゲロッピには内緒!」
ケロリンが手近な一匹をつかみ上げ、俺の眼前へと突き出した。
──虫の裏側、見たことがあるだろうか。
左右七本ずつ、つまり計十四本の枯れ枝みたいな脚。
それがぱきぱきと音を立て、宙をつかむように蠢いている。
更に二本の触角も加わり、かつ内側に若干だが丸まろうとする奇怪な運動も加わる。
ぱきぱきと、うねうねの二重奏。
早速折られる心。
が、なんとか意を決し、頭部の辺りに触れてみる。
硬い。
考えてみれば、ケロリンは丸飲みにしていたから良かったのだろう。
この殻を、俺の歯で割るのはさすがに不可能だ。
俺はその旨を伝えた。ケロリンは残念そうに、それを引っ込める。
良かった、助かった! ──そう思っていると、
──ぐちゃ。
ケロリンが壁に叩き付け、見事に殻を割っていた。
その脚は未だに動き続け、露出した白い中身もぐにゃぐにゃ連動する。
「ほら、食べろ」そう、つぶらな瞳で差し出した。
ふいに俺は、修業時代の先輩たちとの日々を思い出す。
全員ではないが、特に気の合う先輩と、俺はよく食べ歩きをやっていた。
具体的には、面白そうな店を互いにピックアップし、休みの日などに食べに行くのだ。
中にはネタ枠とでも言えばいいのか、ジビエ系のゲテモノを食わされもしたが、あの食べ歩きは、ラーメンに限らず食の幅というものを教えてくれる良い経験だった。
俺は殻を受け取った。
割れ目から露出した白い筋繊維は、どくんどくんと、まるで脈動するかのよう。
それはつまり、本当に新鮮であることの証明。
タコにせよ、シラウオにせよ、踊り食いが美味いというではないか──
俺はその透き通るような白身を摘まみ上げ、口に運んだ。
恐る恐る、噛んでみる。
しゃくりとしたような歯ごたえ。
噛み続けて行くと、食感はぷりぷりに変わり、身の中に含まれる独特な香りと共に、じんわりと甘さが広がった。
「美味い! これは海老だ!」
俺は更に、白身を口に運ぶ。
空腹も手伝ってか、一度美味いと解ると手が止まらない!
「エ・び? 何それ?」とケロリン。
「俺の生まれた世界の食い物。同じ味で美味い!」
「そうかあ。お前、いい所に生まれたなあ」
どうやら親近感を持ってくれたのか、ケロリンがケロケロ言った。
最後の白身を口に運ぼうとして──俺は気付いた。
持ち上げた筋繊維の中に、似たような色だが奇妙なものがある。
試しに指で引っ張ってみると、それは細長く、どこまでも伸びるような紐だった。
「それ、『アドレデーア』。たまに居る寄生虫。大変な下痢になる」
「う、オエエェェ!」
俺は全てを吐き出した。
そして、ケロリンのことを絶対に許さないと誓った。