22 二度目の誤解と和解
ミシュリーヌの不正と放送局の問題を暴いたことは、巡り巡ってラーメン普及を大加速させた。
ただ、本件はかなりの大事件だった訳で、その後起ったことをまずは解り易くまとめておく。
① 市民の怒りの爆発 → デモ隊が押し寄せる → グローム放送の一時営業停止
② 都市憲兵隊の一斉捜査 → ミシュリーヌへの逮捕状請求
③ ミシュリーヌ、行方をくらます → 後に国外への逃亡が発覚
④ グローム放送継続に関する激しい議論 → なんとか解体は免れる → 役員の刷新
──まあ、こんな事が、数ヶ月程度の時間を掛けて起ったのだった。
けれどもここは一旦、話を①の時点──
つまり、自発的に市民が放送局に集まり始めたときに戻す。
報道班の水晶玉に向かって彼らの責任問題を問うた後、俺はその場をトマーゾに任せて放送局を飛び出した。
俺の頭の中にあったのは、勿論プト。
自分の疑いを晴らすこともだが、彼女の信頼も取り戻す──
それこそが一番の目的だった。
プトの家を目指して街を進んでいると、徐々に人通りが多くなり始めた。
彼らは俺とは反対方向──放送局へ向かっているらしい。
「──あ、タナカさん!」
通行人の誰かが、俺に気付いた。
「あ、ホントだ! タナカだ!」
俺の周囲には、瞬時に人だかりが形成された。
彼らは口々に、「よくやってくれた!」「見直したぞ!」と連呼した。
そして、「一緒に放送局に乗り込もう!」などと叫び、俺をもと来た方へ連れて行こうとした。
「待ってくれ!」俺は言った。
「実はまだ、やらなければならない大事な問題がある! 俺にそれを解決させてくれ!」
ほぼ口からデマカセにそう言うと、彼らは、
「まだ不正があるのか! さすが、我らのタナカだ!」と、ようやく俺を解放してくれた。
そのパターンの展開は、進んで行く先々で起った。
俺は通行人から何度も握手を求められ、あるいは小型機械鳥を使った記念撮影、中には酔っ払ったオヤジから「一緒に飲み明かそう!」と誘われたりした。
そういった人々への対応に追われ、俺はなかなか進めなかった。
いっそトマーゾの天馬で来れば良かったとも考えたが、呪具オンチなので、どこかで墜落しただろうとも思った。
大通りに出たとき、俺は目を疑った。
馬車が走るべき車道を群衆が埋めているのだ。
彼らは口々にグローム放送を罵倒し、皆で乗り込もう! と叫んでいた。
「見ろ! タナカさんだぞ!」
俺はまた見つかった。
これはマジでヤバかった。
なんせ相手はざっと数百人。そんな人々に発見されたら──
「みんなでタナカを胴上げだ!」
俺は熱狂した群衆に取り囲まれた。
善意なのだろうが、俺は引っ張られ、押され、着ていた服も一部を破かれた。
──こ、殺される!
俺はまた、デマカセを言った。
「み、見ろ! あれは──ミシュリーヌだ!」
「なに! どこだ!」
「みんなで捕まえろ!」
群衆はあさっての方向へと駆け出し、居なくなった。
大通りはヤバ過ぎると悟った俺は、隠れるように裏路地へと分け入り、進んで行った。
プトの住宅前は、やけに静かで閑散としていた。
みなが放送局へ群がっているのだろう。
恐る恐る部屋のノブを回してみるが、鍵が掛かっているらしく開かなかった。
俺は入口の前に戻ると、その塀を背にしてただ待った。
今動けば、必ず誰かに見つかってしまう。それならば、ここにいる方が良いと思った。
そうして彼女を待っていると、エルタファーで似たような事があったのを思い出した。
あのときはプトが俺の自宅前に居た。
今はその真逆だ。
もしかしたら、このまま彼女に会えないのでないかという漠然とした不安。
唯一違うのは、夕方前なので未だ月が出ていないことだろうか──
「──ジュンイチ──?」
声がした。
振り向くと、プトだった。
次の瞬間、プトは数メートルを飛ぶように駆け、激しく俺を抱き締めた。
彼女の態度に敵意は無く、俺は内心ホッとした。
「──あなたを追い出したこと、許して欲しい。本当に、ごめんなさい──」
プトが言った。
「もう良いさ。──放送、見てくれたんだね?」
「──何の放送? 見てないよ。ずっとジュンイチを探していたんだもの」
詳しく話を訊いてみると、プトは本当に俺の暴露放送を見てはいなかった。
怒りに任せてあなたを追い出した後、冷静になって気付いたの。
何かがおかしいって──」
驚くべき話だった。
しかし、同時に疑問も残った。
果たして初めから、ミシュリーヌはその気だったのだろうか?
俺たちを監視し、その仲を引き裂き、誘惑するつもりだったのだろうか?
本人に確認のしようも無いので、結局は解らない。
ただ言えることは、俺が彼女の懐に深く入り込み過ぎた──それだけは間違いが無いように思われた。
「──ジュンイチをずっと探してた。どこにも居ないから、もう二度と、ジュンイチに会えないかと思った──」
プトは俺の目をしばらく見つめた。
優しさの奥に、赤い月の光のような魅力を秘めた目だった。
「あなたとあの人の間に、仮に何かあったのだとしても、私はあなたが好き。あんな女のことは私が忘れさせる。──だからジュンイチ、覚悟してよね?」
言うと、プトは俺にキスをした。
それは激しく、情熱的だった。
俺は一瞬驚いたが──それに応じたのだった。




