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20 形勢逆転

 天馬の引く馬車は、振動と共に地面へと降り立った。

 辿り着いたのは、山間部にあるトマーゾの別荘。

 大金持ちの広大なそれではないが、結構に立派だ。住居以外にガレージや、ちょっとした庭まである。


 天馬をガレージに格納し、通された別荘内。

 どこか巣穴を思わせる幾つもの丸い通路が印象的だった。


 朝食がまだだった俺は、数種類のポタメアから作った粥を出された。

 なんとトマーゾも、それを美味そうに食べている。


 訊いてみると、「肉も穀物も両方イケる」とのこと。どうやらラーメンにおいて、スライム麺しか食べられないというのは間違った情報だったらしい。



「ま、みんな他種族の食性なんて真面目に知らないからね。聞きかじりの情報だとそういう事も起る。だから今度は、ポタメア麺の方も食わせてくれよ。

 それでお兄さん、一体何があったんだ? おいらが知ってるのは──グローム放送側の内容だけだぜ?」


 俺はトマーゾに、事の顛末てんまつを話した。

 話がミシュリーヌに誘惑されたくだりに来ると、トマーゾは急に異常なテンションになった。


「へえ! あの有名なお姉ちゃんに! いやあ、そりゃ羨ましいぜ!」

「何が羨ましいモンか! お陰でこの有様だ!」

「解ってるよ、ただの冗談さ。猫がネズミを本気で恋愛対象に見る訳ないだろ? 弄ばれ、痛めつけられるだけ。昔からそう決まってる──」



 腹が満ちた俺たちは、とりあえず水晶玉を起動し、状況がどうなっているかを確認した。

 あのミシュリーヌの録画映像は繰り返されていたが、最新情報としては現在、「都市憲兵隊への被害届は提出されていない」とのことだった。


「何だかよく解んねえな──」

 放送を見ながら、トマーゾが言った。

「あの姉ちゃんがお兄さんをおとしめたいのなら、どうして一足飛びに被害届を出さないんだ? そうすりゃ、完全に破滅させられるってのに──」


「おいおい! 縁起でもないこと言うなよ。俺としては、ホッとしてるんだぞ?」

「誤解しないでくれ。相手の出方の隙を突かなきゃ、この状況を覆せねえだろ? それともお兄さん、このまま泣き寝入りする気かい?」


「絶対に有り得ない!」


「なら、これまでをざっと整理して考えてみようじゃないか──」


 トマーゾがまず指摘したのは、誘惑のときにミシュリーヌが語った「選挙に落選しても、覆せる」という言葉だった。

 そんな台詞が出て来るということは、()()()()()()()()()()()()()()()()──? という訳だ。


 けれども地球のボイス・レコーダーか何かで、その発言を録音していた訳ではない。また、あくまでも言葉に過ぎないので、俺の証言だけでは不十分だった。


 次の指摘は、ミシュリーヌが俺を激推しした過程で何か不正はなかったか、というもの。つまり、職権乱用の証拠はないか、という訳だ。

 

 しかしこれを掘って行くのはあまり面白くなかった。

 俺自身が一番の受益者だからだ。

 不正が明らかになれば、こちらにも火の粉が飛ぶ危険があった。



 何も良い突破口が見つからないまま、一日、二日と過ぎた。

 放送の中ではかなりの動きがあった。


 まずミシュリーヌが弁護人を立てて訴訟を起こしたこと。

(その通知は、俺の住所であるプトのところに届いている筈だ。──ど、どうしよう?)


 そして次に驚きだが──()()()()()()()()()()()()()()()


 ミシュリーヌが新しくリークしたのは、エルタファー時代の俺の雇用主が、オーク王族の暗殺未遂に関わり、現在もエルタニア都営刑務所に服役中のイスハークであるという事実だった。

(奴がエルタファーに送還されていないのは、本来の市民権がこちらである事と、送った場合に処刑されるからという人道的理由!)


 これは、実に、マズイ展開だった。

 まさかここまでやるとは──


 グローム放送を眺めながら、俺はしばらく固まってしまった。


「──お兄さん、イスハークとどの程度関わってる?」

 トマーゾが言った。

「つまり、暗殺に関わったか否か、という意味で」


「誓って言うが、全くの無関係だ!」


「──なら問題はない。裁判官の印象がちょっと悪くなるかもくらいか──」


 トマーゾはしばらく沈黙し、部屋の天井を眺めた。

 今までにも何度か見たことのあるその姿に、これが彼の考え事をするときの癖なんだろうと思った。


 やがて、トマーゾは言った。

「ハッキリと解ったぞ。今回の姉ちゃんの出方で──」


「──というと?」


「うん。悪気は無いから聞いてくれよ。もしおいらが誰かを破滅させるなら、徹底的に素早くやる。例えば憲兵隊を使ってでもね。

 だけど姉ちゃんはやらない。憲兵隊を入れたくないのさ。連中が捜査に入ったとき、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──」


「なるほど! で、それは具体的には?」

「それを考えるのは、むしろお兄さんだ。部外者のおいらに解る訳ないだろ?」

「うーん。そう言われてもなあ──」


 トマーゾは試しに、ミシュリーヌとの出会いにまで遡って、話してみろと言った。

 俺は思い出しながら、語った。


 ──ゼノンの大学の帰り道で初めて出会い、自己紹介され、彼女から逃げた。

 

 ──そしてプトとゴブリンの里へ行ったら、その帰りに──


「そうだ!」俺は叫んだ。

「あのとき、ちょっとおかしいと思ったんだ!」


「びっくりした──」とトマーゾ。「で、一体何が?」


「ああ。知ってるかもだけど、ゴブリンの里は遠い。だから大型機械鳥で飛んで行ったんだ。ところがミシュリーヌは、その場所にもクルーを連れて現れた。まるで俺の行き先を知ってたみたいに。──これって、何かあるんじゃないかな?」


「──オイ、マジかよ──」


 トマーゾが呟くように言った。

「もしかしてお兄さん──とんでもない闇を暴いちまったかも知れないぜ」


「それは、どういう?」


「──実はさ、昔っから放送局の水晶玉には一種の都市伝説みたいなのがあるんだ。ほら、小型機械鳥の腹にある水晶玉と、家に据え置きする放送受信用の水晶玉って、サイズが違うだけでほぼ同じだろ?


 だから昔から、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』って噂が囁かれてきた。


 ──おいらも、ただのホラ話だと思っていたんだけど──」


 なんという事だろう!

 

 もしこれが事実なら、ミシュリーヌは水晶玉を通して俺とプトの生活を覗いていた事になる!

 いや、それどころか、エルタニアの人々全てが、監視されていた可能性も──


「お兄さん! こいつは姉ちゃんどころじゃない。放送局そのものが引っくり返る大大・大事件だ! 形勢逆転のチャンスだよ!」



 ──そして俺たちは、早速行動を起こしたのだった。

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