19 転落
その繰り返される魔法投影に、俺は逆上した。
今にして考えると全くもって軽率なのだが、俺は我を忘れた。
放送局に乗り込んでやるッ!
俺は倉庫の入口を開閉し、ネズミの馬車に飛び乗った。
そして気付いた。
俺は寝巻き姿だった。
当然、起動用の呪具は持っていない。いきなり追い出された状態なので、小型機械鳥も無かった。(もっと言えば、小銭すら無かった!)
仕方なく、俺は自分の足で放送局へ向かった。
建物の正面玄関をくぐり、受付に向かって「ミシュリーヌを出せ!」と怒鳴ると、周囲にいつもの番組スタッフたちが大挙して集まって来た。
俺は重大事件の犯人みたいに取り押さえられ、左右をがっちり屈強なオークに挟まれて、どこかの個室に連れて行かれた。
「クソ! 放せ!」
俺が抵抗していると、様々な番組でお世話になった小人のプロデューサーが進み出た。
「バカ! 何でここへ来たんだ!」
「言わなくても解るだろッ! ミシュリーヌだ!」
「ちょっと黙れ! ──声がデカいんだよ。勘違いしてるようだが、どちらかというと我々は味方だ。君にここへは絶対来るなと警告するため、何度も連絡した。それなのに、全然出やがらん!」
「──じ、事情があって、機械鳥を持ってなかったんだ──」
「それはもういい。色々解っていないようだから教えてやる。
まず、この建物内にミシュリーヌ女史は居ない。彼女の言い分では、
『君がここへ来て脅迫される危険があるので、しばらく身を隠す』との事だ。
だからあの映像は録画されたものだ。
次に我々、娯楽教育班と、女史が身を置く報道班では、今後取るべき対応が違う。
報道班の連中は今、君のことを血まなこになって探している。
何としても君からインタビューを引き出し、正しい真実──いや、この場合、犯人の悪あがきを撮影しようとするだろう。
だから、水晶玉で警告してやったんだ! 君とは番組を共にしてきた義理があるからな?」
俺は急に冷静になってきた。
そして酷く恥ずかしくなった。
「──そ、そうだったんですか。本当に、すいません──」
「悪い状況はそれだけじゃない。
もし、彼女が憲兵隊に被害届を提出していた場合、君は事情聴取、または最悪逮捕される。
それについては──我々も助けてやることは出来ない。逃げも隠れもせず、受け入れるしかない──」
先に答えを言っておくと、ミシュリーヌは被害届を出してはいなかった。
だから、俺が事情聴取や逮捕されるということは無かった。
彼女がどうしてそれをやらないのかは、今ここでは伏せておく。
「ただ、これだけは確実なことが一つある──」
プロデューサーは続けた。
「やがて魔法の拘束力を持った弁護人による、術式裁判が起こされることだ。こちらも逃げたりしたら、その時点で罪を認めたことになるので、君も弁護人を立てて戦った方が良い。
──最後に一つだけ、嫌味を言わせてくれ。
今回の一件で、撮影済みだった『エルタロッテで遊ぼ!』は全部お蔵入り──
その他、君がゲスト出演した全部だ! ここに居る全員で君を憲兵隊に突き出さないだけ有難いと思ってくれ!」
作られたスキャンダルとはいえ、俺は平謝りに謝った。
幾人かのスタッフから、「俺は お前を 信じてるぞ?」と言ってもらえたことが嬉しかった。
急に、部屋の外が騒がしくなった。
どうやら、報道班が嗅ぎつけたらしかった。
俺は部屋の中にあったロッカーに押し込められた。
機転を利かせた番組プロデューサーの「皆で取り押さえたが逃げられた!」という発言のお陰で、報道班の多くは建物の外へ散って行った。
「──誰か、君を迎えに来てくれる人は居ないのか? このままじゃマズイぞ?」
ロッカーのドア越しに、プロデューサーが小声で言った。
真っ先に思い浮かんだのはプトだったが、あの状態の彼女に助けは求められなかった。
悩んだ末に思い付いたのは──トマーゾだった。
「小型の機械鳥、貸して頂けませんか? ちょっと連絡してみますんで──」
トマーゾ個人の機械鳥を呼び出したが、登録されていない相手からは出ない主義らしかった。俺は、店の方に連絡した。
「──はい、こちらトマーゾ機械動物──え、お兄さん? てか、大丈夫か? 今ちょうどグローム見てたんだけど──」
「全然、大丈夫じゃないんだ! ちょっと複雑な事情があって家にも帰れない。出来たら──しばらく家に泊めてもらえないだろうか? 勿論、憲兵隊からの逃亡を頼んだりは絶対しないから──」
「──ま、他ならぬ、お兄さんの頼みだ。引き受けよう。──で、何をすれば良い?」
俺は可能ならグローム放送局に、迎えに来て欲しいと言った。
なんせここは報道班の根城。
あちこちに局員が居り、身動きが出来なかったからだ。
「了解。半刻──いや、半・半刻で行ってやる」
通信は切れた。
俺はロッカーの中で落ち着かない時間を過ごした。
時折、部屋に報道系の局員が顔を出すことがあり、その度にヒヤヒヤしまくった。
「地下の駐車場にデカい馬車が来た。──行こう」
近付いて来たプロデューサーが言った。
俺はロッカーを出た。
小人のプロデューサー、そして二人の屈強なオークのスタッフ。
彼らに伴われならが、俺は普段なら立ち入らない場所を進んで行った。
非常階段とか、魔法の暖房設備の点検用通路──みたいなところだ。
駐車場へ続く点検者用ドアを開けたときだった。
運悪く俺たちは、馬車に乗り込む報道班と鉢合わせしてしまった!
「見ろ、タナカだ! タナカが居たぞ!」
俺は駆け出した。
水晶玉を持った幾人もの報道班がこちらを追って来る。
同時に、彼らが運転する馬車も発車し、すぐさま俺の真横に付けた。
「逃げています、逃げています! 疑惑の異人、タナカ氏が逃げてい行きます! おーい、タナカさーん! 止まって下さい! それじゃ本当に犯人みたいですよー?」
──ちなみに、俺は裸足だった。
靴も何も履かず、この放送局まで来たのだった。
その時点でかなり足の裏は痛かったが、ゴツゴツとした地下駐車場の敷石はそれに拍車を掛けた。
──ヤバい、もう、限界──
そう思ったとき、黒光りする巨大な馬車が躍り出た。
普通の馬より一回り大きい身体──その上になんと、六頭立てだ。
「お兄さん! 乗れッ!」
御者台から、両手で呪具を繰りつつトマーゾが叫んだ。
俺は予め開かれていたドアから、馬車の客席に飛び込んだ。
「さっさとドア閉めろ! 放り出されるぞ!」
小窓からこちらに声を掛けるトマーゾ。
瞬間、馬は勢いを増し、俺は座席をつかんで堪えると、なんとかドアを閉める。
なだらかな坂を上って地上で出た。
けれども、報道班の馬も追い縋って来る。
「どうする? 逃げ切れるのか?」
「──誰に言ってんだ、お兄さん!」
トマーゾが、呪具を奇妙に振った。
小窓越しに、とんでもない事が起こった。
機械馬の胴体の、肩から背中にかけての部分が──変形した。
それは左右に大きく広がり、やがて羽になった。
──馬がペガサスになったのだ!
ばさり──
六頭の馬が羽ばたいた瞬間、馬車が軽く浮いた。
見る見る地上を離れ、空に浮遊して行く──
「ヒャッホー! ホウホウ、ホウッ!」
やけにテンション高く、トマーゾが叫ぶ。
「解ったかい、お兄さん! おいらに金持ちの太客が付く理由が!」
──まさに、白昼夢。
あるいは現実離れした体験で、俺はお礼をいうことさえ忘れるぐらいだった──




