17 異世界の芸人…?
ここに、水晶玉に録画されたある一つの映像がある。
俺がメインパーソナリティを務めた番組、「エルタロッテで遊ぼ!」の第一回放送を録画した記録映像である。
(やめてくれと言ったのに、プトが録画したものだ)
俺は未だに、この映像を見ることが出来ない。
永遠に封印し、無かったことにし、出来ることなら全て忘れてしまいたい──
俺が憶えているのは、作務衣と前掛け姿の俺が、頭に被った三角巾に何本もの箸を差し、奇妙な踊りをおどっていることだ。
その踊りの名前は、「ハシ・ハシ・ダンス」。
「ハシ・ハシ」「ハシ・ハシ」
そんな言葉を連呼しながら、俺は踊り続ける。
やがて周囲の子供たちもそれに合わせて、「ハシ・ハシ」「ハシ・ハシ」──
もう無理だ!
思い出しただけでも、気が狂いそうになる!
はっきりと言っておくが、これは俺の発案ではない。
全て番組プロデューサーの所為なんだ!
第一回撮影の日、小人族のプロデューサーは俺の意見を無視してこう言った。
「いや、てゆうかさあ! エルタニアの人々にいきなり文化は伝わらないんだって。だから、最初はあ、面白がってもらう。興味を持ってもらう。そこからようやく、伝えられるんだよ!」
俺は起用されたばかりのタレントだった。
自分で仕事を選べるような、そんな立場じゃなかった。
俺は未だに、悪夢にうなされることがある。
「ハシ・ハシ」「ハシ・ハシ」──
それがずっと続いている夢だ。
大量の寝汗をかいて飛び起き、そしてホッとする。
良かった、あれはもう、終わった事なんだと──
ただ信じられないかも知れないが、この狂ったダンスは本当に効果があった。
まず様々な種族の子供たちの間に、爆発的に流行った。
俺個人としては一体何が面白いのかよく解らないが、子供たちは学校や家などで「ハシ・ハシ」「ハシ・ハシ」を繰り返した。
やがてそんな子供を見て、大人たちも興味を持ち出した。
さすがにダンスは踊らないが、チキュと呼ばれる異世界からやって来たヘンな奴が、ヘンな事をやっている! と話題になった。
その頃、俺は普通に屋台営業と芸能活動を両立していたが、屋台の周りには常に、「ハシ・ハシ」を連呼する悪ガキ共が群がっていた。
当然、そいつらは全く客にはならず、むしろ邪魔でしかなかったが、もう少し上の若者たちは違っていた。
「──あの、『ハシ・ハシ』の人ですよね?」
「良かったら、握手して下さい!」
そんな感じで、ときたま客になってくれる者も現れ始めた。
屋台の仕事着が、番組のときと同じ格好だったのも大きかっただろう。
そういえば、こんなパンダ族の学生も来た。
「自分、大学で種族・文化人類学を学んでいるのですが、その文化比較に関して、たったお一人というのが実に珍しくて。だから、お話を聴かせてもらえませんか?」
少しずつだが、俺は認知されて行った。
芸能ギルドの大柄なクマは、かなりのやり手オヤジだった。
(喋り方で女性だと思っていたが、本当は男性だった!)
最初の内、俺の仕事は週一回・撮影の「エルタロッテで遊ぼ!」だけだったが、俺が話題になると突然、周辺地域への巡業(いわゆるドサ回り)が増えた。
俺は地方の寄合所や野外ステージのようなところで、魔法投影された背景をバックに「ハシ・ハシ」「ハシ・ハシ」を何度もやらされた。(そこが具体的にどこだったのか、よく憶えていない場所がかなりある)
普通だったらこの辺りで、屋台営業の継続は難しくなりそうなものだが、俺は何とかやり続けた。地球と違って大量の作り置きをしても、劣化を防ぐ魔法の調理器具によって長持ちする。それに助けられていた。
文化の普及という面で状況が好転し始めたのは、嘘吐きだと思っていたプロデューサーが本当に文化教育系の番組をやったときだ。その回は実に真面目で、エルタニア社会と地球、中でも日本社会を比較して構成されていた。
最終的に、「あらゆる面でエルタニアの方が優れている」というその内容は、正直偏向報道だと思ったが、それでも箸の使い方を丁寧に解説し、俺のコメントも放送された。
「ハシ・ハシ」以外の、「ちゃんとコメントも出来る」部分が流されたのは大きかった。
どうやらお茶の間の人々の中には俺が異人なので「ちゃんと言葉を喋れない」と思っている層が少なからず居り、そういった意味でも、俺のパブリックイメージの向上に役立った。
──ただ、この頃からだった。
俺とプトの関係がギクシャクし始めたのは──
「──ただいま。ごめん、遅くなった」
夜まで続いた撮影が終り、俺はようやく帰宅した。
いつもは温かい言葉で迎えてくれるプト。
けれども、この日は違った。
「──ジュンイチ、これ、どういう事?」
俺の頭は疲れの所為でよく回っておらず、半分眠っているようなものだった。
水晶玉から映し出された映像は、瞬時に俺を目覚めさせた。
それは録画映像で、ミシュリーヌでないキャスターが出演していた。
その馬族は言った。
「──『ハシ・ハシ』で大ブレイク中の異人、タナカさん。なんと彼には、放送業界のとある大物との熱愛が噂されています! 一体、その大物とは誰のことなのでしょうか?」
「──これ、答えてくれる?」
とても静かに、プトは言った。
しかしその目は、最初に出会ったときのような怒り──ともすると、若干の殺意すら感じさせた!
「待ってくれ、プト! 全くの誤解だ。いつも遅くなるときは連絡してる。さっきもそうしたじゃないか?」
実際、小型の機械鳥を手に入れてから、俺はプトと頻繁に連絡を取り合っていた。
撮影が押すときは必ず伝えていたし、プトからもよく確認があった。
「──こんなのは、ただの噂だよ。面白おかしく騒いで、視聴率を稼ごうとしているだけ。そんなに信じられないなら、小人のプロデューサーに連絡しても良い。さっきまで一緒だったと証言してくれる筈だよ?」
犬人族は一度頭に血が上ると冷静さを失い、また時間が掛かるのを知っていた。
俺は彼女の目を見つめながら、ゆっくりと待った。
(視線を外したらヤラレる、と思ったことは内緒だ!)
やがてプトは言った。
「──ごめん。そうだよね。勝手にそう思い込んじゃった」
俺は安堵し、彼女を落ち着かせようと話をした。
あと少ししたらスッパリ辞めて、本業に戻る。
そうすれば、こんなゴシップはなくなるはずだ、と──
けれども事態はこの後、更に深刻化して行くのである──




