16 芸能界へ
俺がタレント活動を行った期間は、実質七ヶ月くらいだったと思う。
なぜ中途半端な答えになるのかというと、忙し過ぎて一部、記憶のない部分があるからだ。
また黒歴史なので、俺自身なるべく忘れようとしている節もある。
だからここは手短に、タレントになった経緯、そこでやったこと、地球の食文化の普及にどう役立ったか、そしてなぜプトは激怒するに至るのかについてのみ、語ることにする──
「──自分をグローム放送のタレントに起用しろ、ですって? あなた──本気なの?」
放送局の豪華な個人オフィス。
俺が自分のアイデアを話すと、ミシュリーヌは呆れた顔でそう言った。
「たしかに、あなたは面白い素材ではある。なぜって、ホモ・サピエンス族はこの世界に一人しか居ないのだから。ただ、あなたは大きな勘違いをしているわ。タレントになったからと言って、番組を自由に作る権限はない。ラーメンを売る為の番組なんて、それこそ公平性・公益性の観点から却下されるに決まっているわ」
「それは良く解る。──だからこそ、教育番組なんだ。ラーメンそのものを番組内でステマすれば、視聴者は当然怒るだろう。けれど、地球の珍しい文化としての『箸』ならどうだ? 異文化をエルタニアの人々に解り易く伝える──しっかりと名目も立つはずだ!」
突然、ミシュリーヌがケラケラと笑い出した。
俺が困惑しているのも気にせず、しばらくそれは続いた。
「──お、おい。大丈夫か?」
「大丈夫かですって! あなたの方が大丈夫じゃないわよ!」
ミシュリーヌはまた笑い、なんとかそれを抑え込もうとしているようだった。
「──あなた、変わったわね。別に悪い意味じゃないわよ? むしろ気に入った。以前頭が悪いと言ったこと、謝るわ。あなたにそこまでの覚悟があるというのなら、協力してあげる。私はね、目的に向かって突き進む人間が好きなの。後ろなんか気にせず、ただ前だけを見つめるような人がね──
──けれど、基本的にウチは放送局であって芸能ギルドではないわ。
まずはギルドに所属して、そこからオーディションという形になる。
番組への採用は私からも推してあげるけど、それが無くても話題性で充分受かると思うわ。
ところで、芸能ギルドにはツテはあるのかしら?」
勿論、そんなものあるはずない。
ミシュリーヌは小型の機械鳥を呼ぶと、その腹にある水晶玉で誰かと会話を始めた。
やがて言った。
「クマ族の親方がやっている芸能ギルドに話を付けたから、行ってきなさい。絶対に加入させてもらえると決まった訳じゃないから、ちゃんと自分を売り込みなさいね?」
ミシュリーヌに紹介された芸能ギルドはエルタニアの都心部にあって、薄桃色のレンガを積み上げて出来た建物の二階にあった。
正面の入口をくぐったとき、俺は驚いた。
猫人の女子三人組がいきなり、歌い踊っているところに出くわしたからだ。
一瞬あいさつをしそうになったが、どうやらそれは魔法投影で、このギルドがプロデュースしているグループのようだった。
「あら、アンタが異人さん? また、風変わりな見た目だこと!」
俺を出迎えたのは本当に巨大なクマで、とても野太い声だった。
「それでアンタ、どうして芸能ギルドに入りたいワケ?」
俺は自分の目的を説明した。
地球の文化を普及したいこと、やがて店をやりこと──など。
「じゃあ、長く続ける気はないってコト?」という質問には、「その代わりに、たった一人の種族だという話題性があります」と伝えた。
「──ま、ミシュリーヌの紹介だから採用するわ。──ところでアンタ、ミシュリーヌの彼氏なの?」
「え! いや、違いますけど」
「ふうん。あのコが推してるから、てっきりそうかと思っちゃった──」
クマは魔法の契約書を取り出し、俺はそこに住所と名前、顔と指紋と声紋を登録した。
「さて、これで手続きは終わったわ。アンタはグローム放送の教育番組を受けるって話だから、また連絡するわね。とりあえずこの機械鳥を貸すから、いつでも出られるようにしておいてよ?」
こうして俺は、やや小さめの機械鳥を貸与された。
連絡はなかなか来ず、俺は屋台営業を続けながらそれを待った。
プトは俺の芸能界進出を半分喜び、そして半分心配した。
「ジュンイチがやりたいなら応援する。だけど、大丈夫な世界なのかな?」
「まあ、俺も心配が無いと言ったら嘘になる。だけど、本当にすぐ辞めるつもりさ。目的はトマーゾが言ったみたいに、文化の普及と名前を知ってもらう為。てか俺に歌や踊りの才能、あると思う?」
「確かに! ジュンイチってあんま体力無いもんね?」
「──それ、どういう意味?」
連絡が来たのは、俺が営業地区でラーメンを作っている最中だった。
しかも「今すぐあるから、もう行け」と言う。
さすがに、食べている客を追い返せない。着替えている暇もなかったからラーメン屋の作業着のまま、俺はグローム放送局の会議室へと向かった。
結果、これが功を奏することなる。
俺はそのとき、エルタニアの服を改造して作った、日本風の作務衣と前掛け姿だった。
会議室に居たお偉方には、どうやらそれが地球の民族衣装か何かに見えたらしい。
「ビジュアル・イメージとして、実に面白い! それを君の正装にしよう!」
──みたいな感じで、かなり好印象に受け止められた。
居合わせた番組プロデューサーは、地球の文化に焦点を当てた番組を作りたいと言った。
俺は積極的に、彼らの興味を惹きそうな話をし、その中にしっかりと、箸を織り交ぜることも忘れなかった。
終ってみればミシュリーヌの根回しは完璧に行き届いており、数日後、俺の採用は正式に決まった。
そして番組の第一回収録と、放送が行われる。
ここからが本格的な、黒歴史の幕開けである──




