15 黒歴史の始まり!
先に言っておきたい。
これから先展開されることは、俺の人生において最大の黒歴史だ。
出来る事なら消してしまいたい──イスハーク絡みが一番だとすると、二番目に消したい過去だ!
勿論、ラーメンの普及という点では凄まじく意味があった。
だから必要なことではあった。
しかしそれは同時にプトを激怒させ、俺は追い詰められて行くのである。
密着取材の翌日、俺は心を入れ替えて営業を再開した。
初めのうちは今まで通り、ゴブリンの何人かがリピートするだけだったが、やがて少数だが他種族の若者がちらほら来るようになった。
「グローム放送を見て来ました!」
「ここって、異世界の料理を食べられるんですよね?」
彼らは三十代の俺を「オジサン」と呼ぶような世代だったが、だからこそ情報感度は鋭かった。物珍しさも手伝って、喜んで食べてくれた。
俺は主に大学地区で営業するようになった。
彼らをメインターゲットにするなら、幾つかのアイデアも浮かんだ。
例えば、学割にするとか、友だちを連れてきたらタダ、みたいな事だ。
けれども、現状売り上げが低空飛行を続ける中で、この路線は厳しかった。
地球時代、様々な業態の先輩から、「安くすると人は来るが、競合他社との間で値引き合戦になる。そして、そういう客はキャンペーンが終ると逃げる」と聞いていた。
また、彼らは箸に興味こそ持ってくれたものの、頑張って使おうとはしなかった。
文化の普及は想像以上に難しく、ミシュリーヌの言ったとおり広告のような、しかし金の掛からない一手が必要だった。
プトは様々なアイデアをくれた。
餃子と唐揚げの店にして、そのセットに必ずミニ・ラーメンを組み込む、などだ。
きっと普通に考えれば、これがベストな回答だったのだろう。
すぐに売り上げの立つものと抱き合わせる──しかし、俺は結局そうしなかった。
別のヒントをくれたは、何とトマーゾだった。
彼は俺がグローム放送に出た後、頻繁に来てくれるようになった。
小さい身体に似合わず結構食べるので、必ず替え玉を頼んでいた。
「それでお兄さん、最近はどうよ?」
ネズミ族の食性に合ったスライム麺をすすりながら、トマーゾは言った。
「ご覧のとおりだよ。今は君しか客が居ない。──これが現状さ」
「そうかあ──」
トマーゾは一旦、辺りを通り過ぎる人々を眺め、そして俺を見た。
「苦労してるね、お兄さん。おいらも、エルタニアに来たばっかの時はマジで大変だった」
そういえば、彼が店を成功させた経緯は聞いていなかった。
「トマーゾはどうやって、あそこまで事業を大きくしたんだ?」
「話してなかったっけ。でもあんま、参考にはならんと思うぜ?」
「──というと?」
「うん。おいらは以前、エルタファーでオークの王族とか、エルフの貴族を相手に商売してたって言ったろ? 彼らは基本酷くワガママな連中なんだけど、金払いだけは良いんだ。だからエルタニアに移ったとき、おいらはかなりの金を持ってた。で、潰れ掛けの機械修理工房を買い取って、自分の店としてやり始めたのさ」
「──なるほど。つまり──基本は金、ってことか」
「ま、基本はね? だけどさっき、『来たばっかは大変だった』とも言ったろ? 面倒な圧力や監視が減った代わりに、こっちでは信用や知名度が重要だった。
おいらがどんなに、
『エルタファーではスゴイ仕事をやってました』と言っても、すぐには任せてもらえない。
名前が知られてないからさ。
あと、偏見もある。
ネズミに任せると機械を齧って穴を開けるって、平気でそんな悪口を言われた。
だからその時、エルタファーとの違いを思い知ったよ。
この街ではまず、名前を売らなきゃならなきゃいけないんだ、ってね?」
「──そうか。トマーゾも、随分苦労したんだな」
「でも、そのお陰で仕事への取組み方も変わったよ。お客を見て、その相手に寄り添う。なんせエルタファーじゃ、ちょっと代金を誤魔化すのも仕事の内だったからね?」
──エルタファー時代のトマーゾと知り合いじゃなくて、本当に良かった!
「まあ、もし、おいらからお兄さんにアドバイスがあるとしたら──」
ずずっとスープを飲み干して、トマーゾは続けた。
「ラーメンを有名にする前に、お兄さん自身が有名になることさ。
お兄さんのやることだったら何でもスゴイ!
そう思ってくれる人たちが応援してくれたら、トントン拍子に話も進むんじゃね? って気がするけどね?」
その意見は、実にもっともだった。
ミシュリーヌが「広告を打て」と言ったのも、結局は似たような意味だろう。
多くの人々にまずは知ってもらう──だから自分が有名になる。
言いたいことは解るのだが、どうやって有名になれと言うのだろう?
手段を問わないというのなら手っ取り早く悪い事でもすれば良い訳だが、ここはエルタファーではないし、そんな事は絶対したく無かった。
鳴かず飛ばずの営業を終えて、帰宅したときだ。
普段の日課で、俺はグローム放送を起動した。
再放送がどんな頻度か、またどんな広告が流されているかの確認だった。
しばらく眺めていたが再放送はなく、俺は帰宅するプトの為に晩ご飯の準備を始めた。
ソヤーラ醤油の味が改善してから、以前の完全和食をやる頻度が増えていた。
やがてプトが帰宅し、目無し豚の生姜焼きをメインとした和食を一緒に食べた。
(生姜は無いので、実際にはニンニク風味のアプリム焼きである)
流されていた広告は、ほとんどが魔動機製造ギルドのもので、飲食系は全くなかった。
広告料金が高いのは個人ではなく、こういったギルドを対象にしているからなのだろう。
ここに個人飲食店の広告が流れればかなり目立つと思った。
やがて番組は変わり、幼児向け番組の再放送が始まった。
たくさんの種族の子供が出て来て、唄ったり踊ったりする番組だ。
「これ、すごく昔からやってるんだ。子供の頃、孤児院でよく観たよ──」
プトが懐かしそうに言った。
「そっか。ご長寿番組なんだね」
俺はぼんやりと、魔法の背景の中を駆け回る子供たちを見守った。
「さて、今日はここまで! 皆さん、さようなら」
小柄なドワーフ族の女性が、子供たちの間から進み出てそう言った。
「──あ、でも、今日はちょっとお知らせがあります。
実は今、新しい踊りのお兄さん、そしてお歌のお姉さんを募集中です!
我こそはという方は、是非ともグローム放送の新人オーディションに──」
──というかそろそろ、俺の黒歴史が何なのか解ったと思う。
解っている! よーく解っている!
俺自身、追い込まれてさえいなければ絶対にやりたくなかった!
だから皆まで言わないでくれ。
しかしこの時は、これが最善の策だと思ったんだ。
名前を売るために放送を使い、何より広告費用を掛けない方法──
──そう、こうして俺は異世界で、いわゆるテレビ・タレントになるのである──




